2021-11-08 農研機構
ポイント
「ため池防災支援システム」には、地震時にため池堤体の想定沈下量を算定し、決壊等の危険度を予測・表示する機能があります。今般、過去に発生した地震時のため池被災事例を基にAIの一種である機械学習1)を用いて地震時のため池危険度の予測を補正し、予測精度を向上する手法を開発しました。これにより、地震発生後のため池の緊急点検2)や安全対策をより効果的に行えることが期待されます。
概要
地震時の揺れによって、ため池の堤体3)が沈下したり崩れたりして決壊すると貯水が一気に流れ出し、大きな被害が生じるおそれがあります。
農研機構が開発した「ため池防災支援システム」は、地震・豪雨時にため池の決壊などの危険度を予測し、ため池管理者等による迅速な点検や適切な初動対応に資するものです。
「ため池防災支援システム」では、力学的な解析手法である地震解析を用いて地震発生直後に計算されたため池堤体の想定沈下量と、ため池ごとに設定された堤体の許容沈下量4)を比較することにより、危険度が表示されます。これまで、想定沈下量の解析は、データの蓄積が十分でなかったことから安全側に算定し、実際には安全なため池が危険と判定される事例が多くありました。
今般、農研機構は、過去の地震時におけるため池被災情報を基に、AIの一種である機械学習を用いて地震解析で計算された沈下量を補正し、精度向上を図る手法を開発しました。具体的には、新たに機械学習から求まる被災程度と従来の解析から求まる被災程度の大小を比較し、相違がある場合に、機械学習による判定結果に近づくように地震解析によって計算される沈下量を補正することで、ため池危険度の予測精度が向上します。この手法の導入により、ため池の点検等が更に効率的に実施されることが期待されます。
例えば2020年3月13日に石川県で発生した地震において、補正前では「被災大」と判定したため池は5箇所ありましたが、本手法による補正後では1箇所に減少しました。緊急点検の結果、実際にはため池の「被災大」は発生しておらず、本手法により予測精度の向上が見られました。ここ2年間で発生した震度5以上の地震のほぼすべてにおいても、同様の精度の向上が確認されています。この手法は、近く、「ため池防災支援システム」への実装を予定しています。
関連情報
予算 : 運営費交付金
問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構農村工学研究部門 所長藤原 信好
研究担当者 :
同 施設工学研究領域 主任研究員泉 明良
広報担当者 :
同 研究推進部 渉外チーム長猪井 喜代隆
詳細情報
開発の社会的背景
農研機構が開発し、2020年度から農林水産省により運用されている「ため池防災支援システム」は、地方公共団体職員による地震時のため池の点検報告に活用されています。しかし、地震解析ではため池に被害が発生する可能性が高いと予測しても、地震後の緊急点検では被害が発生していないため池が多く存在していました。そこで、地震解析の精度を向上させ、地震発生時に点検するため池の優先順位の信頼性も向上させたいという課題がありました。
研究開発の経緯
農研機構では2018年10月から農業情報研究センターを設置し、AIを活用した研究開発に取り組んでいることから、上記の課題を解決するためにAIを活用し、過去の地震時のため池被災情報を収集し、同センターのノウハウを活かしながら機械学習を用いて地震解析を補正する手法を開発しました。
研究の内容・意義
1.「ため池防災支援システム」では、あらかじめ個々のため池堤体(図1)について地震解析を実施し、入力波形の最大加速度を変化させて各沈下量を計算して、加速度と沈下量の関係を作成します(図2)。この地震解析では、計算した沈下量が許容沈下量より大きい場合に「被災大」、小さい場合に「被災小」と判定します。
2.本補正手法では、過去10年間に発生した地震時のため池被災情報を基に、約1,700箇所のため池の被災程度の大小、ため池位置の震度、ため池諸元(天端幅、堤高、堤頂長、上流法面勾配、下流法面勾配、堤体断面積、堤体積、築造年代、土質、堤体形状)を特徴量5)として、機械学習を用いた判定プログラムを作成し、震度7,6,5相当の地震が発生した場合の個々のため池被災の大小を判定します。ここでいう被災の大小とは、堤体の大変形・決壊が発生した場合を「被災大」、無被害・微小な亀裂や沈下・付帯設備の損傷を「被災小」としています。
3.次に、地震解析と機械学習の結果を比較していきます。流れとしては、震度7から6,5と下げていって地震解析と機械学習の判定結果に相違が出た時点で補正係数を求めます(図5)。地震解析では加速度に対する沈下量を計算していますが、機械学習は過去の被災事例を参考にしており震度情報しか残っていないため、震度7,6,5に相当する加速度を割り当てています。補正係数を設定する場合は震度7,6,5のいずれかで1つ決まり、そのときの震度(加速度)に対する計算沈下量で許容沈下量を除した値として設定します(図3)。
4.例えば震度6相当の地震で、許容沈下量2.0mに対して地震解析で沈下量4.0mと計算されたとき、地震解析では「被災大」となるが、機械学習で「被災小」とされた場合には、機械学習で判定した「被災小」に合うよう、地震解析の各計算沈下量を補正係数2.0m/4.0m=0.5を乗じて補正し、地震解析の精度の向上を図るものです(図4)。
5.「ため池防災支援システム」では、地震解析の計算沈下量が許容沈下量より大きい「被災大」であれば危険(赤)と出力しますが、実際に地震が起こったとき、これまでは図2の地震解析結果を用いて評価していたものが、本手法の導入により補正後の図4を用いて評価するようになり、ため池の緊急点検や安全対策をより効果的に行えると期待されます(図6)。
今後の予定・期待
この手法は、近く、「ため池防災支援システム」に実装される予定です。また、新たに発生する地震による被災事例を収集するとともに、ため池堤体土の密度などの特徴量を追加してさらなる改良を行っていく予定です。
用語の解説
- 1)機械学習
- 機械学習はAIの一種であり、特徴量からデータを反復学習し学習結果をモデル化します。
- 2)ため池の緊急点検
- 主に地震の直後にため池に損傷がないかを点検することをいいます。震度4以上または震度5弱以上の地震が発生した場合に防災重点ため池(決壊した場合の浸水区域に家屋、公共施設等が存在し、人的被害を与えるおそれがあるため池)の被災の有無を農林水産省に報告することになっています。豪雨前にも点検を行うことが推奨されています。
- 3)堤体
- ため池の場合は、水を貯めるために小さい沢や河川に土を盛ってせき止めた堰のことをいいます。地震の場合は揺れによって堤体が沈下したり崩れたりして決壊すると貯水が一気に流れ出します。豪雨の場合は、大量の雨水がため池の貯水池に流れ込み、堤体の上を水が溢れて浸食されることなどにより決壊する場合があります。
- 4)許容沈下量
- ため池堤体ごとに設定された、越流には至らない許容される沈下量。
- 5)特徴量
- 解析対象の特徴が数値化されたものをいいます。たとえば人間の場合、身長、体重、性別、年令などです。
参考図
図1 ため池堤体
決壊すると貯水が一気に流れ出します。
図2 地震解析の計算結果
図3 補正係数の設定方法
補正係数=許容沈下量/計算沈下量=2.0m/4.0m=0.5
図4 補正後の地震解析結果
図5 本手法を用いた地震解析補正判定フロー
図6 本手法による補正結果