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炭素繊維シートによる水路トンネル補強工法を開発~劣化した水路トンネルの長寿命化に貢献~

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2022-10-05 農研機構,島根大学,日鉄ケミカル&マテリアル(株),オリエンタル白石(株)

ポイント

農研機構は、島根大学、日鉄ケミカル&マテリアル(株)、オリエンタル白石(株)と共同で、軽量かつ高引張こういんちょうの炭素繊維シートを水路トンネル内側の覆工コンクリートに接着することにより、老朽化した水路トンネルを補強する工法を開発しました。この工法は、建設資材の搬入に手間がかかり、大規模な対策工事を行うことが難しい山間部に位置する小規模断面の水路トンネルの新たな長寿命化対策として有効です。

概要

山間部に建設された農業用水を運ぶ農業用水路トンネル(以下、水路トンネル1)と略します)では、崩落の事故などによって送水が停止すると、下流地域が断水するため、農業生産に大きな被害が及ぶことになります。これを未然に防ぐためには、劣化が軽微な段階で補強などの手当てを行うことが重要です。しかし、水路トンネルの補強工事は、使用する資材を水路トンネルの内部に搬入するための仮設の道路や設備が必要となるため、大がかりな工事になる場合が多く、迅速に実施することは難しい状況でした。

農研機構は、島根大学、日鉄ケミカル&マテリアル(株)、オリエンタル白石(株)と共同で官民連携新技術研究開発事業(農林水産省、H29-R1)を実施し、あらかじめ工場で加工した、細い、すだれ状の炭素繊維2)シートを人力で水路トンネル内に搬入し、トンネル内側を覆っているコンクリート(以下、覆工コンクリート)に接着することにより、老朽化した水路トンネルを補強する工法を開発しました。炭素繊維シートの密度は鉄の約1/5と軽量で、人力で容易に持ち運びが可能であるため、資材搬入のための仮設の道路や設備が不要で、これに要する費用を大幅に軽減できます。また補強が必要となる範囲だけを部分的に補強することができるため、トンネルの応急修理としても有効です。

本工法は、【農業水利施設の補修・補強工事に関するマニュアル「水路トンネル編」】
(https://www.maff.go.jp/j/nousin/mizu/sutomane/210617.html)に設計方法の事例が記載されています。

関連情報

予算:運営費交付金、農林水産省(官民連携新技術研究開発事業H29-R1)

問い合わせ先など

研究推進責任者 :
農研機構農村工学研究部門 所長藤原 信好
国立大学法人島根大学 理事(研究推進担当)大谷 浩
日鉄ケミカル&マテリアル株式会社 執行役員コンポジット事業部長下条 憲一
オリエンタル白石株式会社 取締役常務執行役員 技術本部長正司 明夫

研究担当者 :
農研機構農村工学研究部門 施設工学研究領域 グループ長森 充広
国立大学法人島根大学 生物資源科学部環境共生科学科 准教授石井 将幸
助教 上野 和広
日鉄ケミカル&マテリアル株式会社 コンポジット事業部 開発部長 小森 篤也
マネジャー鈴木 宣暁
オリエンタル白石株式会社 九州支店技術部 技術部長堀越 直樹
大阪支店 副支店長   高橋 謙一

広報担当者 :
農研機構農村工学研究部門 渉外チーム長猪井 喜代隆

詳細情報

開発の社会的背景

【農業用水路トンネルの現状】

食料生産に必要な水を農地に運ぶ農業用水路のうち、水路トンネルの総延長は、約2,000kmです。これは、道路5,097km、鉄道2,240kmに匹敵する社会インフラです。しかし、長期間供用された水路トンネルには、覆工ふっこうコンクリートにひび割れなどの変状が見られるものもあります(図1)。
水路トンネルが崩落すると、長期にわたって断水が生じることから、水路トンネルの下流側の農業生産に甚大な被害を及ぼします。このため、水路トンネルの維持管理においては劣化が軽微なうちに手当てを行うことが重要です。

【これまでの水路トンネルの補修・補強対策】

新たに水路トンネルを掘り直すことは非常に困難なので、一般的な水路トンネルの補修・補強は既設の水路トンネルを利用し、内面側に新たな水路トンネルを構築します。この方法の課題は、①通水断面が縮小すること、②水路トンネル内に資材を持ち込むための設備が必要で、そのための費用を要すること、です。例えば、①については、通水断面がなるべく縮小しないように、より薄い材料を内面に構築するとともに、水との接触面を平滑にして通水性能を高く保つ必要があります。また②については、水路トンネルの補強の際に必要となる鋼板や既製管を大型重機によって搬入するため、仮設の道路や設備が必要となり、多額の費用がかかることが問題でした。

研究の経緯

【新たな補強工法の開発コンセプト】

水路トンネルの内面の覆工コンクリートは、通水性の確保と水路トンネル裏側の地山じやまの風化の防止を目的とした部材であり、水路トンネルを支える構造としての機能は期待されていません。このため、覆工コンクリートには、鉄筋が配置されていない「無筋コンクリート」が用いられます。そのため、何らかの要因で周辺の地山から作用する圧力が変化し、覆工コンクリートに引張力が作用するとひび割れしてしまいます。そこで、覆工コンクリートに構造的な強度を付与するために、鉄筋のような素材を付着する方法を検討しました。このとき、着目したのが、鉄筋よりも軽量かつ鉄の10倍の引張強度を有する炭素繊維シートです。

【検討の経緯】

炭素繊維による補強の有効性を確認するために、無筋コンクリートの底面に炭素繊維を接着した梁はり供試体3)の試験を行いました。その結果、炭素繊維が無筋コンクリートに確実に接着されていれば、曲げに対する抵抗性や、変形に対する追従性が大幅に改善されることを確認しました。補強工法の実用化を図るため、農研機構、国立大学法人島根大学、日鉄ケミカル&マテリアル(株)、オリエンタル白石(株)は、農林水産省官民連携新技術研究開発事業において、材料の改良、施工方法の検討、促進試験による耐久性評価、直径1.8mの実規模供試体3)による性能確認などを実施し、現場で施工可能な技術として確立しました。

研究の内容・意義
  • 開発した補強工法のイメージは図2のとおりです。水路トンネルの既設覆工コンクリートに、あらかじめ工場で加工した、細い、すだれ状の炭素繊維シートをエポキシ樹脂モルタル4)で接着する内面補強工法です。
  • エポキシ樹脂モルタルは、セラミック粉体が混合されており、一般のモルタル(セメント:水=2:1、セメント:砂=1:3)と比較すると、耐摩耗性が14倍に向上しています。
  • 炭素繊維シートとエポキシ樹脂モルタルの厚みは、合わせて最大10mm程度に収まります。このため、水路トンネルの断面の縮小は20mm程度です。しかも、通水性能を示す粗度係数5)は、コンクリートの粗度係数0.0150よりも小さい0.0104であり、通水性も損なわれません。
  • 施工の手順は図3のとおりです。まず、既設覆工コンクリートを洗浄し(①)、止水・導水処理を行います(②)。次に、覆工コンクリートにドリルで穴をあけ、通水アンカーを取り付けます(③)。そして、既設コンクリートにプライマーを塗布(④)した後、エポキシ樹脂モルタルを下塗り(⑤)し、炭素繊維シートを通水アンカーに固定しながら貼付け(⑥)ます。最後に、その上からエポキシ樹脂モルタルを上塗り(⑦)し、表面を仕上げて完成です。
  • 炭素繊維シートの固定には、中が空洞で水を通す通水アンカーを利用します。施工後も覆工コンクリートに染み込んだ地山の地下水を、安全に水路トンネル内に導水できるため、補強材料が背面水によってふくれる、などの不具合発生のリスクを回避できます。
  • 室内試験では、直径1.8mの水路トンネル模型を作製し、補強の有無による性能の違いを確認しました(図4)。さらに、はじめに補強が無い状態でひび割れを発生させ、その状態で本補強対策を行った後、載荷を継続する試験で性能を確認しました。その結果、水路トンネルの覆工コンクリートの破壊荷重は、①最初から補強していたもの、②一度幅約0.2mmのひび割れを発生させてから補強したもの、の双方(①および②)が、補強なしの覆工コンクリートと比べて2倍以上になりました。さらに、変形に対する追従性能も2~4倍になりました。
  • 2018年11月に現地で試験的に施工し、継続的にモニタリングしています。2021年10月の現地確認では、特に不具合は見られていません。通水アンカーも正常に機能していることを確認しました(図5)。覆工コンクリートとの接着力も、施工基準とされている1.5N/mm2以上を保持しています。
今後の予定・期待
  • 小規模な水路トンネルの補強に本工法は有効です。本工法は、既に農林水産省の【農業水利施設の補修・補強工事に関するマニュアル「水路トンネル編」】の第9章「接着工法」の「繊維シート系接着工法」として設計方法の事例が掲載されています。
  • 試験施工した水路トンネルにおけるモニタリングを継続し、変状が発生しないか、性能が低下しないかを長期にわたって監視する予定です。
用語の解説
1)水路トンネル
トンネルは、施工方法により4種類(山岳工法、シールド工法、開削工法、沈埋ちんまい工法)に区分され、本補強工法の対象としているトンネルは、山岳工法で建設されたトンネルです。山岳工法は、建設機械やダイナマイトで地山を掘削後、鋼製あるいは木製の支保工で地山を支え、内側に覆工コンクリートを打設したあと、地山と覆工コンクリートとの間をモルタルで充填します。しかし、モルタル充填に適した材料がなく、施工技術が十分ではなかった時代に建設されたトンネルでは、覆工背面にモルタルが十分に充填されず、天端部分にどうしても空洞が残ることがあります。天端背面に空洞があると、地山からの圧力(地圧)がトンネルを押しつぶす方向に作用し、覆工コンクリートが変形した場合、側壁部分に引張力が作用し、ひび割れが発生すると推測されています。
2)炭素繊維
ポリアクリロニトリル、レーヨン、石油または石炭ピッチ、フェノール樹脂などの原材料を紡糸したものを不活性ガス中で2,000~3,000°Cの高温で焼成、炭素化して製造される軽量、高強度、高弾性、高耐食性などの優れた特性をもつ高性能無機繊維。
3)梁供試体・実規模供試体
梁とは、構造物において鉛直荷重を支えるため、水平方向に配置される部材のことです。事前検討では、下図のような供試体で上方向から荷重をかけ、炭素繊維(シート状ではなくグリッド状のもの)の効果を検証しました。

図 梁供試体における事前検証実規模供試体とは、実際に供用されている水路トンネルの断面形状と規模を再現した供試体で、今回は図4のように、水路トンネル内面の直径が1.8m、断面方向の厚さ0.3mの水路トンネルを製作し、実験を行いました。水路トンネルの施工では、流量が少ない場合でも、施工のしやすさから、最小でもトンネル直径が1.8m以上確保されています。
4)エポキシ樹脂モルタル
通常のモルタルは、セメントと細骨材と水を材料としていますが、エポキシ樹脂モルタルはセラミック骨材と、エポキシ樹脂を利用します。レジンモルタルとも称されています。
5)粗度係数
水路の水の流れやすさの指標です。値が大きいほど表面が粗く、平均流速が低下します。
発表論文・受賞

1.炭素繊維を用いた農業用水路無筋コンクリートトンネルに最適化した補強法の開発、第4回インフラメンテナンス大賞 農林水産省技術開発部門 優秀賞

2.櫻井俊太、堀越直樹、森充広、石井将幸(2022):炭素繊維ストランドシートを用いた無筋コンクリート水路トンネル覆工の補強工法に関する研究、セメント・コンクリート、75、332-339

3.堀越直樹、小森篤也、鈴木宣暁、森充広、石井将幸、上野和広(2022):耐荷性能評価に基づく水路トンネル補強工法の最適化、土木学会論文集A1、78(5)、P.II_29-II_41

参考図

図1 水路トンネルに見られる典型的なひび割れの事例。場所は水路トンネルの左右側壁の肩部に見られ、縦断方向に連続していることもある。

図2 工法のイメージ図。あらかじめ工場で製作した炭素繊維シートを既設のコンクリート覆工にエポキシ樹脂モルタルで接着する。既設コンクリートとエポキシ樹脂モルタルとの接着性確保のために、プライマーを塗布している。

図3 施工手順

図4 実規模水路模型(直径1.8m、高さ0.3m)の破壊実験の例

1.初期ひび割れ後補強供試体は、実現場を想定し、無筋コンクリート覆工で載荷試験(4本の油圧ジャッキの荷重が均等になるように覆工に荷重をかける試験)を行い、ひび割れが発生した状態で載荷をやめ、その状態を保持したまま本工法による補強を行った供試体。1週間の養生後、引き続き載荷を行った。

2.破壊荷重:油圧ジャッキの荷重を上げようとしても変形が進んでそれ以上荷重が上がらない状態になったときの荷重を破壊荷重と見なした。

3.変位量は、内側への変形量を正、外側への変形量を負とした。したがって、今回の載荷試験では、側壁部分が内側に変形し、反力がない天端部分が伸び上がるように外側に変形した。

図5 試験施工を行った水路トンネル(東北地方)におけるモニタリング

縦断ひび割れが発生している水路トンネルにおいて、2018年に本補強対策を実施。1年に1回、目視調査および接着力の試験を実施し、浮きやはく離が発生していないか、通水アンカーが機能しているかを確認している。光ファイバーセンサーによるひずみ計測も行っており、今のところ不具合は確認できない。

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