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潮の満ち引きが瀬戸内海を通過する流れを抑制することを解明 ~東西どちらに流れているかも決着か~

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2019-08-29 海洋研究開発機構,東京大学大気海洋研究所

1. 発表のポイント
◆瀬戸内海を通過する流れに対する潮汐の影響をシミュレーションで調べた結果、潮汐は鉛直混合の強化や複雑な渦の生成により通過する流れを抑制することが明らかになった。
◆瀬戸内海を通過する流れの向きは、今回のシミュレーション(主に東向き)と過去の観測研究(主に西向き)では逆であり、後者は潮流により生じる複雑な渦を考慮に入れていないため、このような食い違いが出た可能性がある。
2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門環境変動予測研究センター基盤的気候モデル開発応用グループの黒木聖夫 特任技術研究員及び国立大学法人東京大学 大気海洋研究所(所長 河村 知彦)の羽角博康 教授は、瀬戸内海を水平約500m格子で覆う海洋シミュレーションを用いて、潮汐が瀬戸内海を通過する流れ(以下「通過流」という。)を抑制することを明らかにするとともに、長期的には東向きに流れている可能性があることを示しました。

瀬戸内海は強く複雑な潮流をその特徴としていますが、海水の流出入は関門海峡、豊後水道及び紀伊水道に限られ閉鎖的であり、人間活動起源の栄養塩や汚染物質が長くとどまることによる環境問題(赤潮や油の流出による海洋汚染など。)が起きてきました。このような問題を捉え環境を保全するためには、長い時間スケールで水を交換する通過流の知見が重要です。しかし、通過流は海面水位差からは東向きと予想される(図1)一方観測研究では西向きと指摘されており、東西どちらに流れるか十分にわかっておらず、また強く複雑な潮流が通過流に与える影響についても十分調べられていません。

今回、瀬戸内海を水平約500m格子で覆う海洋モデルを用いて、潮汐が瀬戸内海の通過流に与える影響を調べました。潮汐を与えたシミュレーション(以下「潮汐実験」という。)と潮汐を除いたシミュレーション(以下「基準実験」という。)どちらでも通過流は主に東向きとなりますが、潮汐実験では基準実験より流量がかなり減少しました(図2)。潮流は鉛直の混合を強化する効果と複雑な渦を作る効果(図3)があり、このどちらも瀬戸内海の通過流を抑えることが明らかになりました(図4)。また、過去の観測研究では、潮流により生じる複雑な渦を考慮しない仮定を用いたため逆向きの通過流を評価した可能性があります(図5)。

本成果は世界の他の海峡の通過流にも応用できる可能性があり、海洋のシミュレーションだけでなく温暖化予測を含む気候シミュレーションの精度向上に資するものです。今後は他の海峡の通過流についても調査していく予定です。

本研究は、文部科学省によるポスト「京」(スーパーコンピュータ「富岳」(※1))で重点的に取り組むべき社会的・科学的課題に関するアプリケーション開発・研究開発における重点課題4「観測ビッグデータを活用した気象と地球環境の予測の高度化」(課題番号:hp160230, hp170234)の支援を受け実施されたものです。本成果は、科学誌「Scientific Reports」に8月29日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Tidal control of the flow through long, narrow straits: a modeling study for the Seto Inland Sea
著者:黒木聖夫1、羽角博康2
1.JAMSTEC地球環境部門環境変動予測研究センター、2. 東京大学大気海洋研究所

3.背景

瀬戸内海は、その地形の複雑さや潮汐がもたらす強く複雑な潮流を特徴としており、その潮流は世界最大規模とも言われる「鳴門の渦潮」を発生させることでも有名です。一方、潮流は強い海域であるものの、外洋との海水の交換は関門海峡、豊後水道及び紀伊水道に限られた半閉鎖的な海域であることから、人間活動起源の栄養塩や汚染物質が長くとどまることによる環境問題(赤潮や油の流出による海洋汚染など)が度々起きてきました。こうした問題を捉えた上で環境を保全するためには、日々の潮流変化ばかりでなく、月単位といった長い時間スケールで海水の動きを把握しなければなりません。

長い時間スケールでみたとき、瀬戸内海を通過する流れは東西の海面水位差で駆動されていると考えられています。最新の再解析データ(※2)では西側の方が東側より海面水位が高いため(図1)、通過流は東向きに流れていることが予想されます。瀬戸内海は漁業活動が非常に盛んであること等から長期間の観測は大変難しいところですが、近年実施された音波による観測の研究では通過流は主に西向きに流れていると指摘されています。このように、長い時間スケールで瀬戸内海を通過する流れは、その向きさえも十分に分かっていない状況です。

また、瀬戸内海の強く複雑な潮流は長い時間スケールの通過流に影響を与える可能性があるものの、これも十分に調べられていませんでした。強く複雑な潮流は豊後水道(図1)から流入する海水を一時的に抑えるとも指摘されており、通過流も同様に潮汐で抑えられている可能性があります。

さらに、潮流は地形との相互作用により、潮が満ちることで生じる海水の移動と潮が引くことで生じる海水の移動は必ずしもプラスマイナスゼロにはならず、それらを足し合わせて時間平均すると別の流れ(「時間平均流」という。)として見ることができます(図3(b)を参照)。時間平均流から生じる渦(以下「時間平均渦」という。)は、東西海面水位差から予測される通過流の向き(東向き)と観測研究での通過流の向き(西向き)が食い違う原因である可能性があります。

そこで本研究では、瀬戸内海を水平約500m格子で覆う海洋モデルを用いて潮汐実験及び基礎実験を行い、潮汐が瀬戸内海の通過流に与える影響を調べました。また、潮流によって生じる時間平均渦に注目して観測研究との比較を行いました。通過流量の評価は、図1(a)に示す広島-愛媛間を通過する流量の計算により求めています。

なお、本シミュレーションは理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」及び東京大学のスーパーコンピュータシステム「Oakforest-PACS」を用いて実施しました。

4.成果

潮汐実験、基礎実験のいずれにおいても瀬戸内海の通過流は東西の海面水位差と同様に変動しており、ほぼ東向きとなります(図2)。このことから、東西の海面水位差が通過流を駆動していることが示唆されます。

また、潮汐実験では基準実験に比べ通過流量がかなり小さくなりましたが(図2)、これは潮汐の次の2つの効果が瀬戸内海の通過流量を減少させているためと考えられます。1つは潮流が鉛直の混合を強化する効果です。そしてもう1つは時間平均渦の効果です。実際、基準実験に、潮汐実験で得られた鉛直混合を与えると、通過流量は減少しました(図4)。さらに、時間平均渦を再現する力を与えると、通過流量は潮汐実験程度まで減少しました(図4)。

過去の観測研究では測線QからP方向への流れ()を観測しており、これは潮汐実験と同じ結果です(図5)。観測ではPQ間の2方向(ほぼ南北方向)しか確認することができないことから、流量を求めるためには(東西も含めた)流れの向きが必要です。観測研究では南西向きである(西向き通過流)と評価しましたが、潮汐実験では時間平均渦の影響で南東向きとなっています(図5)。過去の観測研究では時間平均渦を考慮に入れない流向の仮定で、逆向き(西向き)と評価した可能性があります。

5.今後の展望

今回明らかになった潮汐が瀬戸内海の通過流を抑えるメカニズムは、世界の他の海峡の通過流でも効いている可能性があります。日本近海では例えば、対馬海峡、津軽海峡、宗谷海峡、ベーリング海峡などの通過流量が潮汐で抑えられている可能性があります。世界中の海峡で潮汐が通過流に与える影響を明らかにすることは、海洋のシミュレーションだけでなく温暖化予測を含む気候シミュレーションの精度向上につながると考えられます。今後は、瀬戸内海以外の海峡についても潮汐の影響を調べるためのシミュレーションを行う予定です。また、富岳を用いることで可能となる水平約100m格子の海洋モデルを用いたシミュレーションについても計画しています。

【補足説明】

※1 富岳:スーパーコンピュータ「京」の後継機として、最大で「京」の100倍のアプリケーション実効性能の実現を目標とし、2021年頃の共用開始を目指して理化学研究所が主体となって開発を進めているスーパーコンピュータ。

※2 再解析データ:観測デ−タと数値モデルを使って、コンピュータで海の状況を再現したデータ。本研究では、JAMSTECおよび気象庁気象研究所により作成された、北西太平洋海洋長期再解析データセット(FORA-WNP30)を使用した。

潮の満ち引きが瀬戸内海を通過する流れを抑制することを解明 ~東西どちらに流れているかも決着か~

図1 (a)水平約500m格子海洋モデルの地形。赤線は過去の観測研究で流量計算に用いられた測線、緑線は今回のシミュレーションでの測線。
(b)最新の再解析データから計算された東西の海面水位差(豊後水道-紀伊水道)の月平均値。豊後水道、紀伊水道の海面水位は(a)のオレンジの線上で平均された値が用いられた。

図2

図2 図1の緑線を通過する東向き流量(黒)と、東西の海面水位差の月平均値(赤)。実線は基準実験、点線は潮汐実験のもの。
基準実験、潮汐実験のどちらも東向き流量は海面水位差と同様に変動しており、海面水位差で駆動されることが示唆される。また基準実験に比べ潮汐実験で流量がかなり小さくなっている。

図3

図3  (a)潮汐実験 (黒矢印)、 基準実験(赤矢印) の鉛直平均流速の時間平均値 (2012年2月-12月)。赤線は観測の測線(図1の赤線)に沿ったもの。
(b)潮流によって生じる時間平均流の概念図。赤矢印と青矢印は潮流がほぼ逆向きになる時刻の流速。地形との相互作用で完全に逆にならないため、時間平均すると黒矢印の流れが現れる。

図4

図4 図2の東向き流量と同じ。ただし、青線は基準実験に、潮汐実験で得られた鉛直混合を与えた場合の流量。赤線はさらに時間平均渦を作る力を加えた場合の流量。
基準実験に、潮流により強化された鉛直混合を与えると東向き流量が減少する(青)。さらに潮流で生じる時間平均渦を再現するためそれを作る力を与えると、東向き流量は潮汐実験の流量程度まで減少する(赤)。これらのことから、潮汐のこれらの2つの効果(鉛直混合の強化、時間平均渦)が東向き通過流量を減少させているといえる。

図5

図5 潮汐実験の鉛直平均流速の時間平均値(2012年2月-12月)。PQは観測の測線(図1の赤線)に沿ったもの。赤矢印は観測()と潮汐実験()の時間平均流速の関係を模式的に示したもの。
観測研究ではPQに沿う流速成分()が得られ、これは時間平均すると南向きで潮汐実験と同じである。から流量を計算するには流れの向きが必要である。観測研究では潮流の向きを点線方向と推定し、時間平均流も同じ向きであると仮定することで、流れは時間平均で南西向き()と評価した。一方、潮汐実験では時間平均渦の影響で、PQ上で平均された時間平均流は南東向き()となる。観測研究では時間平均渦を考慮に入れない流向の仮定で、南東向きの流れ()を南西向き()と評価し、逆向き(西向き)の通過流を評価した可能性がある。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
地球環境部門 地球変動予測研究センター 基盤的気候モデル開発応用グループ
特任技術研究員 黒木 聖夫
国立大学法人東京大学 大気海洋研究所
教授 羽角 博康
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋科学技術戦略部 広報課
国立大学法人東京大学 大気海洋研究所
広報室
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