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高感度地震計で河川流量を推定する手法を開発 ~局地的な大雨で突発的に発生する河川洪水の予測が可能に~

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2021-11-02 国立研究開発法人防災科学技術研究所

国立研究開発法人防災科学技術研究所(理事長:林 春男)は、リアルタイムの洪水予測を目的として、高感度地震計で検出する雑微動記録を解析することで、河川の上流域における流量を推定する手法を新たに開発しました。
本研究を発展させることで、上流域での局地的な大雨によって発生する急激な河川流量の増加を遠隔監視できるようになり、中・下流域で突発的に発生する洪水の予測精度向上につながることが期待されます。

概要

国立研究開発法人防災科学技術研究所(以下「防災科研」という。)は、我が国の防災力・減災力の向上を目指し、災害をもたらす自然現象を早く正確に予測する手法の研究開発を進めています。
今回、防災科研の水・土砂防災研究部門の Shakti P.C. 特別研究員と地震津波防災研究部門の 澤﨑 郁 特別研究員は、全国で運用する高感度地震観測網(以下「Hi-net」という。)を利用することで、地震計の雑微動記録の解析から河川の流量を推定・予測する手法を新たに開発しました。Hi-netは元々、微小地震を検出するために全国に整備された地震観測網ですが、地震以外を原因とする非常に微弱な振動も検出されます。そのため、観測された雑微動の振動源の調査がこれまでにも進められてきました。
本研究では、川の流れにより引き起こされる振動がHi-net地震計により検出されることを利用して、地震計の雑微動記録の解析から河川の流量を推定・予測する手法を新たに開発しました。
今後、本研究を発展させることで、上流域での局地的な大雨によって発生する急激な河川流量の増加を遠隔監視できるようになり、中・下流域で突発的に発生する洪水の予測精度の向上を目指します。
この成果の詳細は、日本地球惑星科学連合のオープンアクセス学術誌「Progress in Earth and Planetary Science」に2021年11月2日付で掲載されます。
(別紙資料)高感度地震計で河川流量を推定する手法を開発
1.上流域での流量観測の重要性
平成30年西日本豪雨や令和元年東日本台風など、近年、日本各地で豪雨による災害が頻発しています。中でも河川の氾濫による被害は甚大であり、大雨がおさまった後でも増水により被害をもたらした事例もあります。「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書」(2021年~)によれば、世界平均気温は少なくとも今世紀半ばまで上昇し続け、それに伴い極端な豪雨の頻度が増えると予測されています。そのため、洪水の迅速かつ正確な予測手法を確立することは、防災・減災の観点から喫緊の課題です。
洪水予測を行うためには河川の流量の把握が欠かせません。流量の観測は従来、河川の水位の計測値を経験式に当てはめて流量に変換することで行われてきました。しかし、上流域ではへき地に多数の河川が複雑に分布し、これらの河川に定期的に赴くことが難しく、かつ川の道筋の勾配が急で流れが速く、河川内に立ち入るのに危険を伴う場合が多いため、従来法に基づく河川の流量観測を継続的に行うことは困難です。
一方で、人口が多い下流域での水位を予測し、避難行動に結びつけるためには、上流域での流量の把握が極めて重要です。洪水予測だけではなく、治水や環境保全のためにも河川流量の情報は必要不可欠です。
2.地震計で検出する河川由来の振動
河川とは一見無関係のように思われる地震の研究分野では、地面の振動の様子を検出した地震計記録の解析から、地震発生位置の特定や地震発生メカニズムの解明、地下構造の推定などが行われています。防災科研では、人体に感じられないような非常に小さい地震を検出して、日本列島下の地震活動と地下構造を解明することを目的とする高感度地震観測網「Hi-net」を全国に整備・運用しています。Hi-netの観測点(測定装置設地点)は約800カ所になります。Hi-netは非常に微弱な揺れを検出するため、隕石の落下や地滑りなどの地震以外の自然現象や、交通振動など社会活動に起因する揺れも検出します。
同様に、河川の流れにより引き起こされる振動も、河川外に設置されているHi-netで明瞭に検出できる場合があります。これまでの研究によると、川の流れが速い上流域の方が下流域よりも河川由来の振動が強く検出される傾向があります。また、上流域ほど社会活動が少ないため、交通振動のような河川由来ではない振動を誤って検出する可能性は低くなります。つまり、流量の観測が難しい上流域ほど、河川内に立ち入ることなく河川が引き起こす振動を明瞭に検出しやすい傾向があります。
本研究では、この河川由来の振動の特徴に着目し、従来法では観測が難しかった上流域での流量測定を地震計記録の解析を通じて行いました。急流で知られる山形県 最上川の流域(図1)を対象に、2004年、2015年、2019年に発生した洪水の過去事例について高感度地震計の雑微動記録から流量を推定し、検証を行いました。
3.水位・流量観測点がない地点における河川流量の数値計算
水位・流量観測と地震観測は全く別の目的で行われているため、通常、両方の観測点が同じ場所に設置されていることはありません。したがって、河川由来の振動を地震計で検出・記録できたとしても、その振動をどの場所で得られた流量記録と比較すればよいか、という問題が生じます。
この問題を解決するため、降雨流量から河川上の任意の地点での流量を計算できる「降雨流出氾濫モデル(RRIモデル)」を使い、Hi-net観測点に最も近い最上川の河川上の地点での流量を数値計算し、その地点での計算流量と地震計記録を比較しました。
まず、RRIモデルから計算した流量が実際に観測された流量と一致するかを検証しました。その結果、最上川下流域での観測流量と計算流量が、比較できる全ての洪水の過去事例でおおむね一致することを確かめることができました。
4.雑微動強度と計算流量の比較
次に、最上川上流域に設置されているHi-net観測点2点(図1a中の赤丸)を選び、それぞれの観測点に最も近い河川上の地点(図1b中の黒丸)での流量を計算し、Hi-netの地震計で検出した雑微動記録と比較しました。その結果、計算した流量が増減するタイミングに合わせて雑微動の強度も増減する傾向が見られました。また、今回のケースでは1~ 2 Hzの周波数帯域における雑微動強度が最も流量の増減をよく説明できることも判明しました。
5.雑微動強度と流量の換算式の構築
今回の研究の目的は雑微動記録から流量を推定・予測することなので、雑微動強度の値を流量に換算するための換算式を新たに構築しました。図1bの折れ線グラフは、F地点とM地点において、雑微動記録に換算式を適用して推定した流量(紫)を計算流量(黒)と比較した結果です。RRIモデルから計算した流量のピーク値とピークが出現する時刻が、雑微動記録から推定した流量によってかなり正確に再現できていることが分かります。換算式は、河川の地形や地震計の設置環境の違いなどのため、異なる地震観測点では異なる式となりますが、同じ観測点であれば異なる洪水の過去事例でも同じ換算式を適用できることも分かりました。このことは、過去に起こった洪水について構築した換算式を現在観測中の雑微動記録に適用することで、上流域の河川流量をリアルタイムに推定できることを意味します。
6.防災上の意義
本成果により、高感度地震計で検出できる雑微動記録から、河川上流域の流量をかなり正確に推定できることが分かりました。今後、雑微動記録の解析をリアルタイム化することで、洪水予測につなげていくことが期待できます。例えば、河川の上流域で局地的な大雨(いわゆる「ゲリラ豪雨」)が降った場合、流量の増加をいち早く検知して、中・下流域に警報を発する手法の開発などが期待できます。
今回の研究では最上川を対象(図2a)にしましたが、河川の近くに設置されているHi-net観測点は他にも多数あります(図2b)。その中において流量と雑微動強度の間に高い相関がみられる観測点が全国に複数以上あることを確認しており、いくつかの観測点で現在調査を進めています。
今回開発した河川の流量を推定・予測する手法は、20年以上にわたりHi-net地震計の記録を蓄積してきたこと、およびRRIモデルにより任意の地点での流量計算が可能となったことで創出された、地震学と水文学の知見の融合による新たな成果です。
課題としては、今回の手法では流量を精度よく予測できなかった洪水の過去事例もあるため、その調査と検証が必要です。現時点では、地震計の記録に含まれる洪水以外に由来する振動を十分に除去できなかったことや、RRIモデルに基づく流量計算の精度が上流域ではまだ不十分な場合があることなどが原因と推測されます。また、どのような特徴を持つ河川で本手法が有効であるかもさらに調査する必要があります。今後はこれらの課題の解決に取り組むとともに、さまざまなタイプの河川や洪水の事例について検証を重ね、本手法のさらなる高度化を進める予定です。
7.論文情報
上記の成果に関する学術論文は、日本地球惑星科学連合のオープンアクセスジャーナル「Progress in Earth and Planetary Science (PEPS)」に2021年11月2日に掲載されます。本研究は一般財団法人 大成学術財団による2020年度助成金の支援を受けています。

Shakti P. C., Kaoru Sawazaki (2021) River discharge prediction for ungauged mountainous river basins during heavy rain events based on seismic noise data, Progress in Earth and Planetary Science.

*著者情報(和名)
  1. 国立研究開発法人防災科学技術研究所 シャクティ P.C. 特別研究員
  2. 国立研究開発法人防災科学技術研究所 澤崎 郁 特別研究員
図1
高感度地震計で河川流量を推定する手法を開発 ~局地的な大雨で突発的に発生する河川洪水の予測が可能に~

図1a 本研究で使用したHi-net観測点の位置

最上川上流域に、Hi-net観測点が2点(F地点とM地点)設置されています。

図1b RRIモデルによる計算流量と地震計記録からの推定流量の比較
(P.C. and Sawazaki (2021, PEPS)を改変)

2019年10月の洪水(令和元年東日本台風によるもの)において、FとMで記録された雑微動強度から推定した流量(紫)と、RRIモデルを使って計算した流量(黒)との比較です。流量は挿入図の黒丸で示した地点(AとB)で計算したもの。流量を計算した地点とHi-net観測点とは200mから300mほど離れていますが、雑微動記録から推定した流量が計算流量と非常によく一致することが分かります。

図2

図2a 最上川近傍のHi-net観測点

最上川上流域における河川の近傍にも多くのHi-net観測点が設置されていることが分かります。青色の太線で示したのが最上川の本流です。

図2b 全国のHi-net観測点と河川

Hi-net観測点(赤三角)は約20km間隔で全国に展開されており、河川の近傍に多くのHi-net観測点が設置されていることが分かります。図中に示した河川(青線)は国土交通省が提供する国土数値情報河川データに基づくもので、国土保全上または経済上、特に重要な一級・二級河川のほとんどと、その他の重要な河川が含まれています。

【用語の説明】
※流量:
単位時間あたりに川を横切る断面を通過する水の量を「流量」といいます。流量は、水が川に流れ込んだり、逆に川から流れ出たりしない限り、河道の形状によらず一定の値を保ちます。例えば広い河道から狭い河道に水が流れ込むと、水位は高くなり流速は速くなりますが、流量は変化しません。このような量を「保存量」といいます。この保存量の性質から、流量は水文学において川の流れの特性を決める最も重要な物理量とされています。
※流域:
河川上の任意の地点を流れ下る水は、元々その地点よりも上流域のどこかで降った雨が流れ込んだものです。その雨が降った範囲のことをその地点での「流域」といい、流域は地形と河川上の位置によって決まります。河川ごとの洪水予測を行ううえでは、その河川の流域内に降った雨の量が非常に重要となります。
※高感度地震観測網Hi-net:
Hi-net(High-Sensitivity Seismograph Network:高感度地震観測網)は、人間には感じられないほど非常に小さな地震による揺れまで検出して、全国の地震活動や地震発生様式、地下の構造などを精密に把握することを目的として2000年10月から運用が開始されました。社会活動に伴うノイズを避けるためになるべく静かな場所を選んで、地下100 mまたはそれ以上の深さまで観測井戸を掘り、その底部に地震計が設置されています。このような地震観測点が約20 km間隔でほぼ全国均一に展開され、現在は約800点が運用されています(図2b参照)。Hi-netは地震時に限らず常に振動を記録し続けており、そのデータは防災科研および気象庁にリアルタイムで伝送されています。地震が発生するとテレビなどのマスメディアを通じて震源情報が知らされますが、この震源情報を決めるのにもHi-netのデータが使われています。2000年10月以降のデータはHi-netのホームページから取得可能で、国内のみならず世界中の研究者によって地震の調査研究のために利用されています。
※雑微動:
地震計では地震だけではなく、さまざまな振動源に起因する揺れが観測されます。例えば交通振動など社会活動を起因とする揺れや、波浪が海岸線を打ちつけることで発生する振動などが挙げられます。これらの揺れの多くは一過性のものではなく長時間継続して観測され、地震による揺れの波形とは形も継続時間も異なります。このようなさまざまな現象に起因して常に記録される揺れを総称して「雑微動」と呼びます。今回の研究で利用した河川に起因する揺れも雑微動の構成要素の一つです。雑微動は地下の構造や振動源に関する情報を豊富に含んでおり、地震学では雑微動を使ったさまざまな研究が行われています。
※降雨流出氾濫モデル(Rainfall-Runoff-Inundation: RRI Model)
流域に降った雨が斜面を流れ下り河川に集まる現象(Rainfall)、河川の水が流れ下る現象(Runoff)、河川の水が氾濫し河川外へ浸水する現象(Inundation)を、数値計算により流域一体で計算・予測するモデルの名称です。2012年に独立行政法人土木研究所(当時)の佐山敬洋博士(現所属:京都大学防災研究所)らにより開発されました。あらかじめ指定しておいた2次元的な地形・地質データの元で、任意の降水量分布における水の流れを再現することができます。本研究ではHi-net観測点に最も近い河川上の地点での流量計算のためにRRIモデルを用いました。
※水文学
地球の水を扱う科学の一分野です。水文学が扱う研究対象は非常に幅広く、水の発生、循環、分布、物理的および化学的特性、水と人間活動・生物環境との関わり、地球上の水のサイクルの歴史などが含まれます。
※日本地球惑星科学連合
公益社団法人日本地球惑星科学連合。地球惑星科学を構成するすべての分野および関連分野をカバーする研究者・技術者・教育関係者・科学コミュニケータ、学生や当該分野に関心を持つ一般市民からから構成される学術団体です。
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