国総研レポート2020(研究期間 : 平成 29 年度~令和元年度)
国土技術政策総合研究所 社会資本マネジメント研究センター 緑化生態研究室
研究官(博士(理学)) 益子 美由希
研究官 守谷 修
室長 舟久保 敏
(キーワード) 生物多様性,市民参加型生物調査,緑地保全
1.はじめに
生物多様性条約に基づく国際的な議論を背景に、都市においても、生物多様性の確保に向けた効果的な取組の実施が求められている。国土交通省では、地方公共団体における生物多様性の確保に向けた取組を支援するため、2013年に「都市の生物多様性指標(素案)」、2016年に「都市における生物多様性指標(簡易版)」を順次策定・公表した。一方で、国土交通省が2014~2015年に行った調査では、十分な生物データを持つ地方公共団体が極めて少ない現状が明らかになっており、地方公共団体における動植物の生息・生育状況に関するモニタリングの普及が課題となっている。
そのような中、市民との協働により行う生物調査(以下「市民参加型生物調査」という)は、各種の先行事例がみられ、地方公共団体が比較的取り組みやすく継続性のある生物モニタリング手法の一つと考えられる。そこで本研究は、地方公共団体が実際の生物の生息・生育状況を踏まえて、都市における生物多様性の確保のための取組を適切かつ持続的に実施できるよう、市民参加型生物調査の効果的な実践・活用手法について検討し、地方公共団体の担当者向けの手引きとなる技術資料を作成することを目的として取り組んでいる。
2.市民参加型生物調査の効果的な実施手法の整理
市民参加型生物調査の目的や実施手法は画一的なものではなく、地域の緑地が置かれている状況、身近な自然に対する市民の意識の程度、過去の取組実績等によって異なると考えられる。そこで、地域の状況に応じた市民参加型生物調査の企画・実施のための手順や留意点を整理するため、先進的な取組を行っている地方公共団体を対象とした事例調査を行った。
表-1 市民参加型生物調査の目的とそれに応じた調査の特性
その結果、市民参加型生物調査の目的は大きく5つに整理され、それに応じて対象とする生物種や求められるデータの精度といった調査の特性が区分された(表-1)。それによって具体的な調査の実施手法にも違いが見られ、例えば生物多様性に関する意識啓発を主目的とする場合には、小学生を含む多くの市民が調査者となって生物の目撃情報を収集する方法や、特定の場所での定期的な観察会によって記録を蓄積する方法により、ツバメ等の親しみやすい生物を対象として情報量を重視した調査を行うことが有効と考えられた(表-2 左)。一方、保全区域の設定を主目的とする場合には、生物の識別力のある市民が専門家の指導のもとで継続的に調査を行う方法により、樹林や草地といった環境を指標する生物等を対象として、より正確なデータを収集する方法が有効と考えられた(表-2 右)。
3.調査結果の活用に関する整理
都市の生物多様性の確保を進めるには、収集した生物データに基づいて、それら生物の生息・生育場所となる緑地環境の保全・創出を計画的に進めていくことが重要となる。そこで、市民参加型生物調査の実践だけでなく結果の活用も行っている地方公共団体を対象とした事例調査を行った。
その結果、行政区域での生物の確認状況を地図化して多くの生物種が確認された区域を抽出し、特別緑地保全地区や地方公共団体独自の制度による指定を行って緑地を保全する方法や(表-2 右)、市民参加型生物調査への参加者数や確認された生物種数を目標値として緑の基本計画等の行政計画に位置付け、毎年の実績値と比較して施策の進捗を評価する方法によって、実際の生物の状況を踏まえた生物多様性確保の取組を進めることが有効と考えられた。
4.技術資料の作成
これらの結果をもとに、市民参加型生物調査の考え方、実践の際の一連の手順、調査結果を地域の緑地保全へ活かすための手順について、具体事例から学べるポイントを交えたとりまとめを行い、取組のコーディネート役となる地方公共団体の担当者向けの手引きとなる技術資料の作成を進めている。手引きの要点をコンパクトに紹介するパンフレットもあわせて作成し(図)、2020年度早期に公表する予定である。
表-2 市民参加型生物調査の目的に応じた手法の違
図 技術資料の構成(案)