2020-07-27 防災科学技術研究所
更新履歴
令和2年7月27日17:00 初版
連絡先
水・土砂防災研究部門 平野,飯塚,シャクティ,尾上,山室
概要
令和2年7月豪雨により発生した九州地方の浸水について,防災科学技術研究所 水・土砂防災研究部門では,SNSに投稿される写真から即時的に浸水域を推定し,結果をホームページを公表してまいりました(2020年7月6日〜7日九州北部における浸水について(速報)).その結果を検証するため,7月15日〜17日に久留米市,大牟田市,球磨村および人吉市で浸水深の痕跡調査を実施し,浸水深を即時推定した結果と比較しました.現地調査の結果,浸水深の即時推定手法は概ね良好な精度を持ち,発災直後における状況把握(浸水戸数,人数など)に必要な情報を提供できることが確認されました.
浸水深の即時推定手法と痕跡調査について
浸水深の即時推定手法は防災現場での活用を想定しているため,即時性を最優先に,1地点の浸水情報を利用してできるだけ早くその時刻における浸水範囲と浸水深分布を推定するものです.
1地点の浸水情報として,SNSに投稿された写真や動画を利用しました.SNSの写真からその場所を特定し,Googleストリートビューなど平常時の様子と比較しながら、写真に写っている水面の地上高度を推定します.次に,浸水面が水平方向一様に広がっていると仮定し,GISソフトウェア(ArcGIS)のツールを活用して、国土地理院5mメッシュの標高データから写真が撮影された時刻における浸水範囲と浸水深の分布を推定するものです.
7月15日から17日にかけての洪水痕跡調査では,福岡県久留米市,大牟田市と熊本県球磨村および人吉市において,構造物などに残っている痕跡および住民から聞き取りした内容に基づいて浸水深を判定しました.調査した地点は計34地点です.
全体の考察
図1に災害調査した全地点における判定した浸水深と即時推定結果から抽出した当該地点浸水深の比較を示します.両者はおおむね一致しています(相関係数0.7)が,いくつか局所的に起伏の激しい地点において即時推定した浸水深は実際よりも深く評価されました.また,久留米市東櫛原町周辺ではSNSの写真に写っている冠水を深く見積りすぎたため,浸水範囲と浸水深を過大に評価する結果となりました.
図1.即時推定結果と現地調査結果の比較
今般の作業で,SNS情報の収集にSpecteeのSNS緊急情報サービスを利用しました.最も時間のかかる作業はSNSの写真や動画から正確な位置を特定して水面の地上高度を推定する作業で,GPS機能がオンになっている投稿の場合でも平均して30分程度かかりました.一方,DEMデータの取り込みとArcGISツールボックスによるGIS作業は30分以内に終了することは可能で,自動化によりさらなる高速化も期待できます.
図2に発災後の浸水範囲早期把握に利用できる手段とそれぞれに必要なおおよそな作業時間を比較しています.空中写真は上空から俯瞰できますが,夜間や天候による影響を考慮しなくても機材調達などに1時間以上を要することが多く,写真処理作業も比較的複雑になります.それに対して,SNS情報は撮影から投稿まであまり時間がかからず,場所特定可能な投稿であれば情報入手後3時間以内に作業を完了することは十分に可能でした.ただし,SNS情報に基づく推定は投稿地点の周辺エリアに限定する必要があり,投稿が少ない場合は浸水範囲の全体像を反映していない可能性もあります.さらに,災害対応現場に届く通報情報と連動させるシステムが構築できれば,即時推定手法の長所を更に伸ばすことが可能となり,災害対応力の向上につながると考えられます.
図2.浸水範囲早期把握手段と所要時間の比較
*「SNS(場所特定可能)」はGPS機能はオンになっていないが,看板や標識などから場所特定することを想定しています.
推定エリア毎の結果
人吉市
人吉市は広範囲にわたって浸水が発生しており,流水と流木による家屋など構造物への破壊も深刻でした.即時推定した浸水範囲は実態を反映していることが確認できました.浸水深については,温泉町周辺における起伏の変化が激しい三地点では1m以上も過大評価した結果となりましたが,その他の調査地点においてはおおむね実態と一致していました.即時推定は2020年7月4日午前に投稿された様子に基づいて行いました.
図3.人吉市の浸水推定結果と現地調査
球磨村
球磨川の氾濫により球磨村渡地区では甚大な被害を受けました.多くの民家で2m以上の浸水が発生し,千寿園と渡小学校の建物に残っている浸水痕跡は2階にも達していました.即時推定した浸水範囲と浸水深はともに調査結果とよく一致したことを確認しました.即時推定は2020年7月4日11時頃に撮影された様子に基づいて行いました.
図4.球磨村の浸水推定結果と現地調査
大牟田市中町周辺
大牟田市の浸水は沿岸地域で多く,河川からの越流は起きていなかったが,満潮時に川へ排水できない水の逆流が急激に起きたことによることが主な原因と推定しています。痕跡から推定した浸水深は即時推定結果より低く,即時推定で参考地点の浸水深を実際よりも深く推定したことを確認しました.即時推定は2020年7月6日22時頃に投稿された様子に基づいて行いました.
図5.大牟田市中町周辺の浸水推定結果と現地調査
大牟田市大牟田駅周辺
大牟田駅周辺エリアでもSNS写真から見積もった浸水深は過大評価していたことが分かりました.また,標高データは写真測量から作成されたDEM5Bを使っており,浸水範囲の一部しかカバーしていませんでした.即時推定は2020年7月6日18時頃に投稿された様子に基づいて行いました.
図6.大牟田駅周辺の浸水推定結果と現地調査
大牟田市三川町周辺
三川町付近での浸水は大牟田市では一番ひどく、人の首ぐらいの高さまで達していたことを住民から聞きました.このエリアでの推定結果は範囲,深さともに現地調査の結果とよく一致していました.即時推定は2020年7月7日8時頃に投稿された様子に基づいて行いました.
図7.大牟田市三川町周辺の浸水推定結果と現地調査
久留米市東合川周辺
久留米市では,筑後川の大規模な氾濫は免れましたが,沿岸を中心に内水氾濫が発生していました.東合川周辺においてSNS写真から即時に推定した浸水分布は,現地調査結果と調和的でした.即時推定は2020年7月7日15時半頃に投稿された様子に基づいて行いました.
図8.久留米市東合川周辺の浸水推定結果と現地調査
久留米市北野町周辺
北野町一帯でも広範囲にわたって田畑冠水や住宅浸水が発生しました.現地での聞き取り調査によると深いところで胸までに達していたことが分かり,推定した浸水深と調和的と考えられます.即時推定は2020年7月7日12時頃に投稿された様子に基づいて行いました.
図9.久留米市北野町周辺の浸水推定結果と現地調査
久留米市櫛原周辺
櫛原周辺では局地的な道路冠水はありましたが,住宅などの浸水が発生しなかったことを聞き取り調査でわかりました.即時推定の結果は過大評価しており,その原因はSNS写真の冠水深さを見積りすぎたからと判明しました.即時推定は2020年7月7日14時頃に投稿された様子に基づいて行いました.
図10.久留米市櫛原周辺の浸水推定結果と現地調査