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ため池の耐震診断を低コスト・短期間で行える手法~ 本格的な詳細診断の要否を判断 ~

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2019-12-19 農研機構,株式会社複合技術研究所

ポイント

農研機構は、低コスト・短期間で行えるため池の耐震診断手法「SIPニューマークD法」を開発しました。一般的な土質試験だけで、ため池の決壊などにつながる、ため池堤体の沈下量を予測します。本手法は「ため池防災支援システム」1)や、PC版ソフトウェア「SIP-NewD」により利用でき、本格的な「詳細診断」が必要なため池の絞り込みに利用できます。

概要

東日本大震災などの巨大地震(レベル2地震動2))では、地震による繰り返しの力を受けることで、ため池堤体土3)の強度が常時より低下する現象(以下、「強度低下」とよびます)が発生し、堤体が大きく沈下して、決壊などの被害が発生するおそれがあります。強度低下を考慮した安全性を診断(以下、「詳細診断」とよびます)するためには、特殊な土質試験4)が必要であり、防災重点ため池5)に対して「詳細診断」を進めていくにあたり多大なコストや期間を要します。
そこで農研機構は、一般的な土質試験6)だけで強度低下を推定するモデル(以下、強度低下モデル7))を作成し、地震時のため池沈下量を予測する手法「SIPニューマークD法」を開発しました。本手法は、「ため池防災支援システム」に組み込まれ簡易な条件設定で概略的な診断(一次スクリーニング)を行うことが可能な「サーバー版耐震診断システム」と、より具体的な詳細な条件設定が可能なPC版ソフトウェア「SIP-NewD」(二次スクリーニング)の2種類があります。本手法は低コストかつ短期間での耐震診断が可能で、本格的な「詳細診断」が必要なため池の絞り込みに利用できます。

ため池の耐震診断を低コスト・短期間で行える手法~ 本格的な詳細診断の要否を判断 ~

本手法を利用したため池の耐震診断フロー

関連情報

予算:内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「レジリエントな防災・減災機能の強化」

問い合わせ先など

研究推進責任者 :農研機構農村工学研究部門 研究部門長 土居 邦弘

研究担当者 :同 施設工学研究領域 泉 明良

広報担当者 :同 研究推進部 猪井 喜代隆

詳細情報

開発の背景と経緯

巨大地震では、地震波の繰返し作用する力によってため池堤体土の強度低下が発生し、ため池堤体が大きく沈下し被害が発生します(図1a)。現在、防災重点ため池等を対象に巨大地震を想定した耐震診断が推進されていますが、「詳細診断」では、1箇所に付き約1,000万円と約3か月の期間を必要となり、多大なコストと期間を要します。
そこで農研機構は、耐震診断の対象となるため池数を絞り込むために、「詳細診断」の要否を判断する低コスト・短期間で行えるため池の耐震診断手法「SIPニューマークD法」を開発しました。

「SIPニューマークD法」の特長・活用

1.開発した強度低下モデル(図1b)を用いることにより、一般的な土質試験結果だけで、地震時のため池堤体の強度低下を考慮して地震時の堤体の沈下量を算定することができます。本手法で予測するため池沈下量は、「詳細診断」と比べるとやや大きくなる(より安全側の計算結果となる)傾向があるので、「詳細診断」の要否を判断するための絞り込みに用いることができます。本手法が適用可能な堤体土は、多くのため池で使用されている礫質土、砂質土、粘性土です。また、適用可能な堤体は中心コア型、傾斜遮水型、前刃金土型、水平構造型、均一型です(図2)。

2.本手法は、地震時のため池沈下量を予測し、許容沈下量8)と比較することにより、「詳細診断」の要否を判断することができます(図3)。本手法は、Web上で操作する「ため池防災支援システム(サーバー版耐震診断システム)」とPC版ソフトウェア「SIP-NewD」に組み込まれており、以下の3.と4.の違いがあります。

3.「ため池防災支援システム(サーバー版耐震診断システム)」は、ため池防災支援システムの機能の一つで、平常時に、概略的に「詳細診断」の要否を判断するWeb解析システムです。「ため池防災支援システム」のユーザである自治体職員等が無償で利用することができます。適用できる堤体形状9)をパターン化することにより、専門的な知識がなくても、必要な項目を選択するだけで、概略的な絞りこみが可能です(図4a)。

4.PC版ソフトウェア「SIP-NewD」では、堤体形状や解析範囲などより具体的な設定が可能です。さらに「詳細診断」が必要と判定された場合は、「SIP-NewD」の入力に使用したパラメータに、特殊な土質試験の結果を追加して詳細診断を行うことができるため、コストや期間に無駄がありません。「SIP-NewD」は、代理店で販売しており、主な利用者はため池の耐震設計・施工に携わる民間企業等を対象としています(図4b)。

5.「ため池防災支援システム(サーバー版耐震診断システム)」と「SIP-NewD」を組み合わせることより、低コストかつ短期間で耐震診断の業務を実施できます。「ため池防災支援システム(サーバー版耐震診断システム)」で概略的な絞り込み(一次スクリーニング)を行い、その後、「SIP-NewD」で更に絞り込み(二次スクリーニング)を行うことにより、多大なコストや期間がかかる「詳細診断」が必要なため池を効率的に絞り込むことができます(図5)。

今後の予定・期待

本システムは、国や地方公共団体、民間企業等の担当者が、ため池の耐震診断評価を行う際に活用できます。
今後、さらに予測精度を向上させて耐震設計に利用するための研究開発を行う予定です。また、本システムでは現状で3種類の堤体土(礫質土、砂質土、粘性土)について適応していますが、火山灰質土やマサ土といった特殊土にも適応できるように研究開発を行う予定です。

用語の解説
1)ため池防災支援システム
地震・豪雨時に、ため池の決壊危険度をリアルタイムに予測し、予測情報をインターネットやメールを通じて防災関係者に配信するとともに、被災したため池の状況を全国の防災関係者に情報共有する災害情報システムです(平成30年度プレスリリース)。本手法を組み込んでおり、概略的な耐震診断も可能です。
2)レベル2地震動
現在から将来にわたって当該地点で考えられる最大級の強さをもつ地震動。
3)堤体、堤体土
水をせき止めるための盛土を堤体といいます。堤体を構成している土を堤体土といいます。
4)特殊な土質試験
液状化強度試験、繰返し三軸圧縮試験等。
5)防災重点ため池
決壊した場合の浸水区域に家屋や公共施設等が存在し、人的被害を与えるおそれのある等のため池。令和元年5月末時点で63,722箇所が再選定されています(出典:農林水産省HP http://www.maff.go.jp/j/press/nousin/bousai/190611.html)。
6)一般的な土質試験
土粒子の密度試験、粒度試験、現場密度試験、液性・塑性限界試験、含水比試験、突固めによる土の締固め試験、三軸圧縮試験。
7)強度低下モデル
130種類の堤体土の特殊な土質試験結果を基に作成した地震時の堤体土の強度低下を算定するモデル。礫質土、砂質土、粘性土のモデル式があります。
8)許容沈下量
ため池の耐震診断を行う上で、堤体の沈下により越流・決壊に至らず許容される沈下量。
9)適用できる堤体形状
水をせき止める方法等によって、均一型、傾斜遮水ゾーン型などの形状があります。「ため池防災支援システム(サーバー版耐震診断システム)」では、均一型、傾斜遮水ゾーン型などの一般的な堤体形状で利用できますが、盛土の斜面勾配が複雑に変化するなどの特殊な形状には対応できません。
発表論文

1)堀俊和、泉明良、正田大輔、重岡徹、吉迫宏(2018) Development of the Disaster Prevention Support System for Irrigation Pond (DPSIP) Japan Disaster Research、Vol14 No.2:303-314

参考図


図1 地震時のため池堤体土の強度低下
(a) 地震時の強度低下によるため池の被害、(b)強度低下モデル
図2 堤体の適用条件
図3 本システムによる計算過程
この診断例では、予測沈下量が許容沈下量を超えており、詳細診断が必要です。
図4 解析結果の例(a) ため池防災支援システム(サーバー版耐震診断システム)の画面。「ため池防災支援システム」からデータを読み込みます。操作が容易であり、自治体職員向け。
(b) SIP-NewDの画面。詳細な設定が可能であり、民間企業向け。
図5 ため池耐震診断フローの例本システムを利用すると、詳細診断が必要なため池数を合理的に絞り込むことができ、診断コストを縮減できます。

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