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海底堆積物に膨大な“微小マンガン粒”を発見

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陸上マンガン鉱床に匹敵する量のマンガンが海底下に存在

2019-02-06  海洋研究開発機構,高知大学,農業・食品産業技術総合研究機構,高輝度光科学研究センター,愛媛大学,広島大学,高エネルギー加速器研究機構,東京大学


1. 発表のポイント

◆外洋の酸素に富む海底堆積物中に直径数ミクロンの鉄マンガン酸化物微粒子「微小マンガン粒」が存在することを発見
◆微小マンガン粒(外洋海底下全体で1028~1029個存在)は全体として数兆トンのマンガン、数十億トンのレアアースを含む
◆特定の微細粒子を分離する技術確立に立脚した成果であり、微粒子解析の基礎技術として幅広い応用展開が期待される
2. 発表概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)の諸野祐樹主任研究員、稲垣史生上席研究員、国立大学法人高知大学(学長 櫻井 克年)の浦本豪一郎特任助教/卓越研究員(JAMSTEC 客員研究員)らは、南太平洋環流域等の外洋の海底堆積物(図1)の中に、直径数ミクロンの鉄マンガン酸化物微粒子(以下「微小マンガン粒」という。図2)が、堆積物1ccあたり1億~10億個存在することを世界で初めて発見しました。

微小マンガン粒は、外洋域の酸素に富む堆積物環境にのみ見つかりました(図3)。外洋地層全体での存在量を計算した結果、1028~1029個もの微小マンガン粒が海底下に存在することが分かりました。また、この微小マンガン粒は鉄やマンガン等の主要金属元素だけでなく、レアアースのような有用希少金属を多く含むことも分かり、特にマンガンについては、地層中に含まれるマンガンの30~60%、重さにして1.28~7.62 兆トンのマンガンに相当することが明らかとなりました(図4)。これは、海底表層に広く存在することが知られる球状や板状の鉄マンガン酸化物(マンガン団塊やコバルトリッチクラスト)に含まれるマンガン総量の100~1000倍に相当します。さらに、レアアースについては最大33~194億トン程度が微小マンガン粒に含まれており、マンガン、レアアース等の膨大な金属元素が微粒子状の形で海底下に埋もれていることを示しています。

また本研究では、精密元素分析等を実施することにより、この微小マンガン粒が海水中で形成したことが示唆されました。これにより、これまで存在すら知られていなかった金属酸化物の微粒子が、海洋での金属元素循環や物質保持メカニズムを理解する上で重要な役割を果たすことが明らかとなりました。本研究成果は、環境試料から特定の微細粒子を精密かつ高速に分離・回収する基盤技術の確立に立脚しており、今後、様々な応用展開が期待されます。

なお、本研究は統合国際深海掘削計画(IODP、※1)第329次研究航海「南太平洋環流域生命探査」により採取されたコア試料(※2)を用いて行われたものです。大型放射光施設SPring-8(BL47XU, BL20XU, BL20B2)において高分解能CT計測および、高エネルギ-加速器研究機構物質構造科学研究所フォトンファクトリー(BL-9A、BL-13A)において、走査型透過X線顕微鏡分析およびX線吸収スペクトル分析を実施しました。日本学術振興会の科研費JP24687004、JP25871219、JP26251041、JP14J00199、JP15H02810、JP17H04582、JP17H06458、JP18H04134、最先端・次世代研究開発支援プログラム(GR102)および、文部科学省卓越研究員事業の支援を受けて実施されました。

本成果は、英科学誌「Nature Communications」に2月6日付け(日本時間19時)に掲載される予定です。

論文タイトル:
Significant contribution of subseafloor microparticles to the global manganese budget
著者名:浦本豪一郎1,2・諸野祐樹1・富岡尚敬1・若木重行1・中田亮一1・和穎朗太3・上杉健太朗4・竹内晃久4・星野真人4・鈴木芳生4,5・光延聖6・白石史人7・菅 大暉7*・武市泰男8・高橋嘉夫5・稲垣史生1
所属:1. 国立研究開発法人海洋研究開発機構、2. 国立大学法人高知大学、3. 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、4. 公益財団法人高輝度光科学研究センター、5. 国立大学法人東京大学、6. 国立大学法人愛媛大学、7. 国立大学法人広島大学、8. 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構

現所属*東京大学

3. 研究の背景

マンガンは地球上に存在する金属元素の中で鉄、チタンに次いで存在量が多く、また、酸化還元状態のような化学的な環境変化に反応して希少金属を伴って沈殿物を形成または分解するため、環境中での金属元素の挙動を理解する上で、重要な元素として注目されてきました。特に、深海底ではマンガン団塊やコバルトリッチクラストのような球状ないし板状の金属酸化物として広く存在しており、近年はその成因について調査研究が進められています。

2010年10月〜12月、地球上で最も表層海水の基礎生産量(※3)が小さく、最も透明度の高い海域として知られる南太平洋環流域において、IODP第329次研究航海「南太平洋環流域生命探査」が実施されました(2010年10月8日既報)。同航海では、南太平洋環流域内を含む7箇所の掘削地点(水深3,740m~5,695m)で調査を行い(図1)、海底表層から玄武岩直上までの堆積物のコア試料(※2)を採取、分析を行ったところ、海底表層から約1億2000万年前(白亜紀)に形成された玄武岩直上までの堆積物の間隙水中に酸素が溶存していることが確認されました(2015年3月17日既報)。

一般に、大陸沿岸の海底堆積物環境では、微生物の活発な呼吸活動により、海水から供給される酸素が海底下数ミリメートルから数メートルの範囲内で消費され、嫌気・無酸素環境になります。マンガン酸化物は外界の酸化還元環境にその存在を大きく左右され、こうした嫌気堆積物環境では、マンガン酸化物はほぼ確認されていませんでした。一方、南太平洋環流域のような酸素に満ちた外洋の堆積物環境内では、海底面に存在するマンガン団塊やコバルトリッチクラストの存在は知られていましたが、堆積物中のマンガン酸化物の有無は明らかではありませんでした。

4. 研究成果

本研究では、まず堆積物環境内における鉱物の存在形態等を明らかにするため、JAMSTEC高知コア研究所が開発した海底堆積物の微細構造可視化解析技術(※4)を用いて、コア試料を詳細に分析しました。その結果、さまざまな海域の堆積物環境中にミクロスケールの鉱物微粒子が存在しているものの、南太平洋環流域のような酸素に満ちた遠洋性粘土内のみ、微小マンガン粒が存在することが明らかになりました(図2)。その数は泥1 ccあたり1億~10億個に及び(図3)、また外洋の酸素に満ちた遠洋性粘土の分布から見積もったところ、地球全体で1.5~8.8×1028個の微小マンガン粒が存在することが明らかになりました。

ただし、微小マンガン粒は鉱物粒子全体の0.01%未満に過ぎず、高精度な分析のためには泥の中から選り分ける必要がありました。そこで、土壌中に存在する鉱物塊(団粒)を濃縮する比重分画技術(※5)と生物細胞を高速に分取するセルソーティング技術(※6)を組み合わせ、最大95%の純度で、海底堆積物から微小マンガン粒を選択的に回収する技術を確立しました(図5)。これにより、微小マンガン粒の微細構造を詳細解析したところ、縮れた糸状のマンガン酸化物が複雑に絡まった形態を示すことが分かりました(図2)。また、微小マンガン粒を10万個程度集めることによって、その化学組成を定量的に分析することが可能となりました。組成の分析結果から、微小マンガン粒は海底下で生成したものではなく、海水中で形成したものが沈み、堆積物に埋もれていることが分かりました。さらに、粒の数と地層の年代から、1 cm2あたりの海底に1日に約100個程度の微小マンガン粒が沈んできていた(人間サイズで考えると、東京ドームの面積に少し大きめの野球ボールが落ちてくるイメージ)と計算されました。加えて、微小マンガン粒は多くの鉄・マンガン等の主要金属や、レアアースのような有用希少金属(※7)を含むことが分かりました。地球全体では、1.28~7.62 兆トン分に相当するマンガンを含み(図4)、このマンガン総量は、海底に存在するマンガン団塊やコバルトリッチクラストに含まれるマンガンの100倍以上で、陸上マンガン鉱床に匹敵する量のマンガンが海底下に微粒子として存在することを示しています。また、レアアースについては最大33~194億トン分を含むと見積もられました。これまで存在を知られていなかった金属酸化物の微粒子が膨大な量の金属元素を海底下に保持する上で重要な役割を果たしていることが分かりました。

5. 今後の展望

本研究では、外洋の深海底下に埋もれた未知の金属微粒子を解析する基盤技術を確立することを通して、外洋の広い範囲の堆積物環境に微小マンガン粒が存在すること、その数から、全体として海底下には大量のマンガンが微粒子状態で埋もれているということを明らかにしました。これら成果を踏まえ、以下の研究の展望が挙げられます。

(1)海底表層から玄武岩直上までの酸素に満ちた堆積物環境に微小マンガン粒が存在することは、1億年以上にわたって、外洋域の深海域でこうした金属酸化物の微粒子が粛々と形成され続けてきたことを意味しています。ただし、地球史を通して、様々な海洋環境の変動が起こってきており、特に海水の水塊構造や化学環境が劇的に変わる環境変動が生じたことが知られています(例えば、白亜紀の海洋無酸素事変や始新世―暁新世の急激な地球温暖化)。こうした海洋の水塊環境の変化に対応して、金属酸化物の微粒子の形成量も変化したことが考えられます。IODPでは、今後、南太平洋環流域を含めた海域で、過去の地球環境の理解を目的とした海底掘削を実施することが計画されており、金属酸化物微粒子の形成と地球環境変遷の関係について理解が深まるものと考えられます。

(2)一方、今回、金属酸化物微粒子が、海底下に埋没してきたことが明らかとなりましたが、これと、今まで存在が知られてきた海底表層のマンガン団塊やコバルトリッチクラスト等、マクロな鉄マンガン酸化物との形成メカニズムの対応関係を理解することも重要と考えられます。近年、拓洋第5海山等を始めとした日本近海の深海底で板状ないし球状の鉄マンガン酸化物が見つかってきています。今回、海底の広い範囲で存在が確認された微小マンガン粒は、マンガンのような主要金属やレアアースを多く含んでいること、また、マクロな鉄マンガン酸化物と同じ環境に存在する等、組成や存在環境の共通点が認められることから、今後の研究によって、形成メカニズムの対応関係を明らかにすることで、深海域での金属酸化物形成の総合的な理解につながるものと期待されます。

(3)比重と光学的な性質を基に地層試料からミクロな金属微粒子を分離し、解析することが可能となったことは、本研究で確立された重要な基盤技術の一つです。この技術は、比重と光学的性質を特定できれば、本研究のマンガン酸化物の分析に限らない様々な種類の微粒子研究への応用が可能と考えられ、環境中に存在する微粒子状物質の回収・分析技術として広く応用に繋がることが期待されます。

 

※1 統合国際深海掘削計画(IODP:Integrated Ocean Drilling Program):
平成15年(2003年)10月から平成25年(2013年)9月まで実施された多国間国際協力プロジェクト。日本が運航する地球深部探査船「ちきゅう」と、米国が運航する掘削船ジョイデス・レゾリューション号を主力掘削船とし、欧州が提供する特定任務掘削船を加えた複数の掘削船を用いて深海底を掘削することにより、地球環境変動、地球内部構造、地殻内生命圏等の解明を目的とした研究を推進する。平成25年(2013年)10月からは、国際深海科学掘削計画(IODP:International Ocean Discovery Program)として実施されている。

 

※2 コア試料:
掘削等によって採取される柱状の地質試料。JAMSTECと高知大学が共同運営する高知コアセンター(高知県南国市)には、IODP等の科学海洋掘削によって全海洋の約1/3の海域(西太平洋やインド洋等)から採取されたコア試料(全長約130キロメートル分)が保管・管理されている。

 

※3 基礎生産量:
海水中に生息する微生物の光合成による有機物の一次生産の量。観測衛星による海水中のクロロフィル(光合成色素)のスペクトル分析等の結果から、大陸縁辺や赤道域で多く、外洋の環流域で少ない傾向が見られる。

 

※4 海底堆積物の微細構造可視化解析技術:
柔らかく・水分を含む海底堆積物試料について、乾燥させることなく間隙水を樹脂に置換・重合し、地層の微細構造を電子顕微鏡や放射光X線μCT等で高精細可視化する手法。

 

※5 土壌団粒の比重分画:
陸上の土壌中に存在する鉱物塊(団粒)を比重調整した重金属水溶液に懸濁し、比重ごとに分離・回収する技術。本研究では、コア試料の重金属水溶液処理で、微小マンガン粒の回収割合が増加する比重を特定し、以下に述べる光学分取技術の前処理として、コア試料から微小マンガン粒を濃縮するために本手法を用いた。

 

※6 セルソーティング技術(微生物細胞の光学分取技術):
細胞を連続的に移動する小さい液滴の中に閉じ込め、レーザー光を利用した励起光を液滴に照射し、短時間(数秒から数分)に多量(数千個から数百万個)の細胞から発する蛍光を1個ずつ測定しつつ、細胞を分取する技術。本研究では堆積物の構成鉱物を液滴に閉じ込め、レーザー光を照射した時に、微小マンガン粒が発する散乱光や蛍光の性質を特定し、鉱物の選択的回収に成功した。

 

※7 希少金属
地球上での存在量は少ないものの、産業利用において不可欠の非鉄金属。レアアースは独特の磁気的特性や光学的特性を持っており、最先端の産業を支える重要元素となっている。例えば、ハイブリッドカーのモーターに使われる強力な磁石の製造に不可欠な「ネオジウム」やテレビの蛍光体に使用される「イットリウム」などがある。

海底堆積物に膨大な“微小マンガン粒”を発見

図1 研究試料を得た海底堆積物の掘削サイト。青:高い確率で酸素が海底表層から玄武岩まで到達している範囲、水色:酸素が海底表層から玄武岩まで到達していると推定される範囲。(DH’ondt et al., 2015, Nature Geoscience [https://doi.org/10.1038/ngeo2387]を改変)

図2

図2 海底堆積物に含まれる微小マンガン粒の走査電子顕微鏡写真。樹脂で固めた堆積物の断面の写真(黄色の矢印で示すのが微小マンガン粒)(左)と、比重分画・光学特性の解析で分離した微小マンガン粒の拡大写真(右)。

図3

図3 海底堆積物試料1 ccに含まれるミクロスケール鉱物塊の数の深度プロファイル。

図4

図4 南太平洋環流域の遠洋性粘土中に含まれる全マンガンに対し、微小マンガン粒に由来するマンガン割合の深度分布(左)と、既知の海底金属酸化物・微小マンガン粒に含まれるマンガン量の比較(右)。

図5

図5 微小マンガン粒の選択分離処理前後の走査電子顕微鏡写真。分離処理前(上)、重液処理後(中)、重液処理およびセルソーターによる分取後(下)。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
高知コア研究所 地球深部生命研究グループ グループリーダー代理
海底資源研究開発センター 地球生命工学研究グループ(兼任)
諸野 祐樹
国立大学法人高知大学 海洋コア総合研究センター 特任助教(卓越研究員)
浦本 豪一郎
国立大学法人東京大学 大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 教授
高橋 嘉夫
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構 広報部 報道課長
野口 剛
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 社会連携部 広報室長
引野 肇
国立大学法人東京大学 大学院理学系研究科・理学部
広報室
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