JICE REPORT 第38号 国土技術研究センター
2021-01
都市・住宅・地域政策グループ首席研究員 朝日向 猛
都市・住宅・地域政策グループ首席研究員 沼尻 恵子
都市・住宅・地域政策グループ首席研究員 佐々木 正
1 はじめに
東日本大震災では、病院や社会福祉施設、学校等が津波に襲われ孤立したり、逃げ遅れた子どもや高齢者が少なからず犠牲になった。特に、津波に襲われた沿岸市町村での死亡者の過半数は高齢者であった(図 1 参照)。
昨今頻発している気象災害でも、高齢者施設等が被災し、犠牲者を出している。2016 年に岩手県岩泉町で台風により河川が氾濫し、認知症高齢者グループホームを襲った。2020 年の令和 2 年 7 月豪雨でも、熊本県球磨村の特別養護老人ホームを洪水が襲ったことは記憶に新しい。また、2018 年の平成 30 年 7 月豪雨では、岡山県倉敷市真備地区で河川が氾濫したが、地区の犠牲者の約 9 割が高齢者であり、多くが自宅死亡であった。
災害から人命や暮らしを守るため、河川や海岸の堤防、砂防施設等があるが、近年は、こうしたハードによる防御だけでなく、避難計画の作成、土地利用の規制・誘導等、防災と連携したまちづくりが強化されている。
図 1 震災による死亡者の年齢構成の被災市町村全体の人口構成比(岩手、宮城、福島 3 県 3 市町村)
出典:国土交通省都市局,東日本大震災の津波被災現況調査結果(第2次報告),平成 23 年 10 月 4 日
しかしながら、ハードによる防御の完成や建築物・土地利用の規制・誘導等の施策の結果、安全性が極めて高いまちや地域で暮らしていけるようになるには、多大な年月と費用を要する。中長期的には 1 日も早くその実現を目指して整備を進めていくにしても、短期的には確実に避難できる環境を整えることが必要である。 そこで本稿では、高齢者、障害者、乳幼児など、災害時に特にサポートが必要となる要配慮者の観点から、明日にも起こるかも知れない災害に備えて今から始めるべき対策を提案する。
2 防災まちづくりの動向
頻発する災害を背景に、防災まちづくりが強化されてきている。その動向を簡潔に整理する。
2.1 津波防災地域づくり法による警戒避難体制
東日本大震災の津波災害を受けて、2011 年 12 月に津波防災地域づくり法が成立した。同法は、津波浸水想定区域に対して「津波災害警戒区域」を指定し、津波情報の伝達、避難施設等を措置するとともに、要配慮者利用施設(学校、病院、福祉施設)に対し「避難確保計画」の作成を義務づけた。また、「津波災害特別警戒区域」では、要配慮者利用施設の開発・建築の制限を強化する措置が講じられている。
なお、「津波災害警戒区域」は 17 道府県で指定されているが、制限を強化した「津波災害特別警戒区域」は静岡県伊豆市での指定にとどまっている(2020 年 10 月 30 日現在)。
2.2 水防法、土砂災害防止法による警戒避難体制整備
洪水や土砂災害に対して、市町村によるハザードマップ策定が進められている。2005 年にはハザードマップによる住民への周知が義務化された。2013 年には要配慮者利用施設に対する「避難確保計画」の作成が努力義務とされ、2016年の岩手県岩泉町での人命被害を受け、2017 年には要配慮者利用施設において「避難確保計画」の作成が義務化された。
2.3 水災害対策と立地適正化計画との連携
ハザードマップ等による警戒避難体制の整備が進む一方で、災害ハザードが存在する地域への市街化が進み、結果的に災害リスクが残るという課題が生じている。
そこで、2019 年度から水害対策とまちづくりの連携が強化され、市町村が作成する「立地適正化計画」(居住機能や医療・福祉・商業、公共交通等の都市機能の誘導を目的としたマスタープラン)おいて、「居住誘導区域」を指定する際に災害リスクを加味することとされた。
また、2020 年 6 月には都市再生特別措置法が改正され、災害ハザードエリアにおける開発抑制や移転促進、市町村の防災指針の作成等を進めていくこととしている。
3 今から始める防災まちづくり
一般財団法人国土技術研究センター(以下、JICE)では、東日本大震災以降、要配慮者の避難に着目した調査研究を実施している。そこから得られた知見を、自治体や地域コミュニティ、施設管理者等が主体となって進める“今から始める防災まちづくり”として述べる。
3.1 要配慮者利用を意識した施設整備を行う
JICE では、東日本大震災の翌年度の 2012 年度に、国土交通省からの受託調査として「災害時・緊急時に対応した避難経路等のバリアフリー化と情報提供のあり方に関する調査研究」を実施した。これは、高齢者、障害者の災害時・緊急時の避難における課題と対策についてバリアフリー分野でも目を向けて行く取組であった。
(1) 避難施設におけるあと少しの配慮や工夫が必要
避難施設は、応急的・緊急的な対応のために整備されているものであるが、要配慮者にとって災害時に発生する困難な状況を少しでも低減させるための配慮を行っておくことが必要である。
例えば、津波避難タワーの多くは階段で上部へ避難するが、避難訓練では、階段への手すり設置に関する意見が多く出される。手すりがあれば、高齢者や障害者等にとって昇りやすく、避難時間の短縮につながる。広い踏面で、ゆとりある幅員があれば、介助者が支えることもできるし、歩行速度の遅い高齢者等の脇を他の避難者がすり抜けていくことも可能となる。
このような高齢者等の避難に関する課題に対して、どのような配慮や工夫が必要であるか取りまとめた検討成果は、国土交通省のホームページに「高齢者障害者等の配慮事項チェックリスト」として掲載されているので、ご覧いただきたい(図 2 参照)。
図 2 高齢者障害者等の配慮事項チェックリスト(「避難する場所」部分を一部抜粋)
出典:国土交通省
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/barrierfree/sosei_barrierfree_tk_000035.html
(2) 平常時からのバリアフリー化
避難経路は日常的にも使う動線となる。例えば、避難場所に指定されている学校への道は通学路とも重なる。避難経路の歩道拡幅や段差解消などの改善を行うことは、平時においても安全で、災害時・緊急時にも通行しやすい道路の確保につながる。
なお、避難場所となる学校については、高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律(バリアフリー法)の改正が 2021 年 4 月に施行されることとなっており、全ての公立の小中学校が建築物バリアフリー基準の適合義務の対象となる。これにより、避難場所のバリアフリー化が進むことが期待される。
3.2 地域住民や地域企業が要配慮者の避難を支える
(1) 点検マップによる危険箇所の見える化
2013 ~ 14 年度に JICE の自主研究で東京都板橋区内において、地域の NPO 団体と共同して指定避難所である小学校までの避難訓練を行った。
そのワークショップで話し合われた意見を安全マップにまとめて、地域に配布した。マップのオモテ面に避難上の課題と迂回経路等を示すことで、危険箇所と安全な避難経路を見える化するとともに、ウラ面には中長期的に取り組むべき避難路整備の方向性等を示すことで、住民と行政の双方がまちを改善していく努力を継続するという意識を共有するものとなった。
この取組みについては、JICE WEB サイトにおいて公開中である。
www.jice.or.jp/reports/autonomy/cities
(2) 福祉施設の避難誘導を近所で助け合う
2015 ~ 16 年度に自主研究で仙台市内の障害児放課後デイサービス施設において避難訓練を実施した。東日本大震災を経験した施設であったため、指定避難所までの移動は円滑・迅速に行うことができたものの、施設側では、時間帯によってスタッフ人数が変化し、場合によっては避難時に混乱が生じることも想定された。
そのため、平時から近隣と連携し、いざという時には助けを求めることができる、“ご近所ネットワーク”の構築の必要性が認識された。
(3) 地域企業と連携した避難確保計画を作成
2017 年に要配慮者利用施設において「避難確保計画」の作成が義務化されたことを受け、JICE では国土交通省からの受託事業において「避難確保計画作成の手引き」を作成し、ケーススタディを実施した。
例えば、2019 年の令和元年東日本台風で被災した宮城県白石市のグループホームでは、地域と連携した避難確保の検討を行っている。自動車販売会社が市と災害時に福祉車両を提供する協定を結び、車両を避難に活用することで避難時間を短縮することができる。このように、地域企業が保有する資源に着目し、連携することは避難確保する上で有効である(図 3 参照)。
図 3 地域企業と連携した避難確保計画
出典:要配慮者利用施設における避難確保計画作成推進に向けた地方公共団体等の取組事例集
3.3 要配慮者利用施設の行動マニュアルを作成する
JICE では、2018 年度より東京国際空港ターミナル株式会社における、災害時の要配慮者の対応マニュアルを検討・策定するとともに、それを空港職員に展開するための支援を実施している。
空港ターミナルでの発災時に、要配慮者が困難な状況になると想定される事項と必要なサポートについて、①発災直後からの混乱がある程度収まるまでの初動期、②数時間~半日程度経過した後、サポートが必要な方を抽出するまで、③抽出した要配慮者に必要なサポートを届けて対応するまで、の3段階について、対応マニュアルを作成した。
特に、津波が発生した場合には、10 分で上階への避難を行う必要があるが、エレベーターは使えないため、車椅子ごと持ち上げて階段を昇る避難サポートとなる。このような場合の避難マニュアルは存在せず、従来は消防隊に任せるものとしていたが、本検討において具体的なサポート方法を整理した(図 4 参照)。
例えば、電動車椅子はそのもので重量が 100kg を超えることから、手動車椅子に移乗してもらい、手動車椅子ごと階段を持ち上げることとした。サポートする人数が少ない場合や緊急時には車椅子使用者を抱えて搬送する方法もあるが、上肢の障害の程度によって搬送方法が異なることや、障害の状況によっては搬送時に骨折の恐れもあることから、手動車椅子での避難を原則とした。
マニュアルの検討において、机上訓練のワークショップや実施訓練を行い、マニュアルのブラッシュアップを行った。このような活動をベースに、ワークショップに参加された警備会社の方が講師役となる研修プログラムとして、職員に展開する準備が進められている。
図4 手動車椅子の階段による避難対応
出典:大地震時の要サポート者対応のための行動マニュアル
以上を踏まえて、取組みの時間軸と要配慮者の暮らしを守る防災まちづくりを提案する。
4.1 短期的な取組みと中長期の取組みの時間軸
ハード対策・ソフト施策が連携した防災まちづくりが完成するまでには多大な年月と費用を要する。そのため、時間軸とハード対策・ソフト施策の役割分担を持った具体的な整備計画が必要である。
図 5 は、その例として流域と一体となった水災害対策の概念図で、災害の頻度・規模に応じて水災害対策、まちづくり、警戒避難の役割を示している。
図 5 流域と一体となった水災害対策の概念図
堤防等のハード整備は長期間を要し、計画規模(L1)までがその範囲である。一方、まちづくりでの対策は、建物の嵩上げ等の個別対策や危険箇所からの移転等の土地利用対策がある。両対策の合わせ技で防災まちづくりを進めることにより、将来的には可能な限り警戒避難が必要な領域を縮小させていくものである。
JICE では河川政策グループと都市・住宅・地域政策グループが連携し、ハード対策とソフト対策が連携した防災まちづくりの検討に取り組んでいる。
4.2 要配慮者の暮らしを守る防災まちづくりの提案
(1) 被災しないための取組みを加速
災害が発生しても被災しないこと、避難しなくともよいことが理想であるが、そのためには長期的な観点で確実に歩んでいくほかなく、特に要配慮者利用施設については、その取組みを加速することが必要である。
立地適正化計画においては、防災指針を作成し、地域の災害リスクの分析し対策を検討することとなった。要配慮者利用施設や災害時に拠点となるような重要施設の立地にあたっては、大規模施設の整備において環境影響評価を行うように、総合的なリスク評価及び適切な事前予防対策取るよう、災害アセスメントを行うことを提案する。
(2) 計画的な指定避難所の受け入れと避難環境の向上
指定避難所の環境が重要である。新型コロナ対策として、指定避難所の受け入れ人数を制限したり、計画的に受け入れる取組みが始まっている。受け入れるべき要配慮者を受け入れられないという事態が起きないよう、事前に災害時を想定した要配慮者の受け入れ計画が必要である。これにより、要配慮者に危険を知らせることや、自力で避難できない要配慮者に手を差し伸べることも可能になる。
プライバシーの確保として、また新型コロナ対策としても、間仕切り等の導入が始められているが、それに加えて、段ボールベッドを確保する、和室を確保するなど、要配慮者の体調が悪化しないような避難生活の配慮が必要である。
(3) 地域コミュニティの再構築
要配慮者は災害時のサポートが不可欠であるが、昨今は、地域コミュニティの希薄やサポートの担い手となる人が日中は働きに出ていて地域に不在であるなどの問題が指摘されている。
一方、防災については、ハザードマップに対する人々の認識が進んできており、また、新型コロナ対策として在宅勤務という新しい生活スタイルも定着してきている。災害時にも機能できる平時の地域コミュニティを再構築するには今が好機であることから、こうした人々の認識の変化を捉え、自治体が地域や企業等への働きかけを行っていく必要がある。JICE は今後も、自治体や地域、施設管理者等による防災に関する取組みに対し支援を行っていく所存である。
参考文献
1)国土交通省 水管理・保全局河川環境課水防企画室 , 要配慮者利用施設における避難確保計画作成推進に向けた地方公共団体等の取組事例集 ,2020
2)朝日向猛:災害時・緊急時における障害者の避難 , 都市計画 Vol63 No.4 インクルーシブなまちづくり(310),2014
3)国土交通省総合政策局安心生活政策課:災害時・緊急時に対応した避難経路等のバリアフリー化と情報提供のあり方に関する調査研究 ,2013 年 3 月
4)国土技術研究センター:東京国際空港国際線旅客ターミナルにおける緊急時の障害者対応マニュアル対応の具体化検討業務報告書:2019 年 3 月