A study on measures for supporting community revitalization through effective use of coastal spaces
リバーフロント研究所報告 第 31 号 2020 年 9 月
まちづくり・防災グループ 研 究 員 佐 治 史
企画グループ グループ長 柏木 才助
主席研究員 水草 浩一
まちづくり・防災グループ グループ長 阿 部 徹
水循環・水環境グループ 研 究 員 和 田 彰
海岸を所管する 4 省庁(国土交通省水管理・国土保全局、港湾局、農林水産省農業振興局、水産庁)では、平成31 年 1 月にビーチリゾートの成立に向けた現状の把握と課題、海岸を活かす手法等をとりまとめた提言『砂浜の利活用の更なる促進に向けて~地域に根ざし、グローバルに拓けた「ビーチリゾート創出」を目指して~』を発表した。その中では、利活用の促進に向けて、海岸の自然・地形条件の違いに留意し、防災と海岸利用との調和や公共空間としての海岸の使い方の工夫を図りながら、地方公共団体、地域住民、民間等が一体となって取組みを進めていくことが提唱されている。
本研究では、海岸を活かした特色ある地域活性化の取組み(宮崎県日向市・福岡県糸島市・福岡県福岡市)に関するヒアリング調査を通じて、他地域での取組みの参考となる情報を収集・整理し、海岸を活かした地域活化の実現に向けて海岸管理者や市町村等が取り組む支援方策を提示した。
キーワード:地域活性化、海岸利用、海岸保全、海岸整備、施策
In January 2019, the four governmental bodies that hold jurisdiction over the Japanese coast (the Water and Disaster Management Bureau and Ports and Harbours Bureau of MLIT, Rural Development Bureau of MAFF, and Fisheries Agency) released a recommendation that presents how using coastal spaces should be effectively used for developing beach resort destinations. This recommendation based on the assessment of the current state and challenges ahead is entitled “Community-based initiatives for harnessing beach spaces to develop beach resort destinations for tourists around the world.” It calls for joint efforts by local governments, community members, the private sector, and other stakeholders to exercise ingenuity in the way coastal areas are used as a public space while striking a balance with disaster management and paying attention to different natural and topographical conditions.
This study is based on an interview survey on unique local initiatives for community revitalization with effective use of coastal spaces in Hyuga (Miyazaki Prefecture) and Itoshima and Fukuoka (both in Fukuoka Prefecture). Based on a compilation of relevant information collected from other ommunities, the paper presents measures to be taken by coastal managers, municipalities, and the like to facilitate community revitalization with effective use of coastal spaces.
Keywords: community revitalization, coastal use, coastal conservation, coastal development, measures
1. はじめに
1-1 研究の背景と目的
水陸域が相接する海岸は、国土の輪郭を成し、住民の生活や漁業・物流の場であるとともに、多様な生物が生息・繁殖する場として、さらにレジャーやスポーツなど多くの人が潤いや癒しを求めて集う交流の場としても貴重であり、近年は地域振興の観点からも注目されている。
海岸を所管する 4 省庁(国土交通省水管理・国土保全局、港湾局、農林水産省農業振興局、水産庁)では、平成 31 年 1 月にビーチリゾートの成立に向けた現状の把握と課題、海岸を活かす手法等をとりまとめた提言『砂浜の利活用の更なる促進に向けて~地域に根ざし、グローバルに拓けた「ビーチリゾート創出」を目
指して~』(以下「提言」という)を発表した。
その中では、利活用の促進に向けて、海岸の自然・地形条件の違いに留意し、防災と海岸利用との調和や公共空間としての海岸の使い方の工夫を図りながら、地方公共団体、地域住民、民間等が一体となって取組みを進めていくことが提唱されている。今後は、本提言を海岸管理者や関係団体などに広く周知するとともに、現場から得られた知見を施策の構築にフィードバックしていくことが期待される。
本研究は、そのための準備作業として、各地の海岸での特色ある取組みを収集・整理し、海岸の利活用促進や地域活性化の実現に向けた支援方策の検討を目的とする。
1-2 研究の方法
研究対象の海岸の母集団は、国土技術政策総合研究所作成の「砂浜データベース」登録データ(805 海岸)のうち、環境省作成の「海水浴場利用者数」(平成 30 年度版)登録データが一致する海岸(216 海岸)とした。
利活用状況をはかる指標として、直近 5 年間の海水浴場利用者数の増減率と、国内主要旅行雑誌 7 誌及び4 ウェブサイト(令和元年夏季発行)への掲載数を確認し、上位 47 位の中から各地域を代表すると思われる 18海岸を主な分析対象として絞り込んだ。そのうえで、18 海岸が位置する地方公共団体の総合計画・条例等の記載内容及びウェブサイト等をもとに利活用状況やその体制、地域への経済的社会的インパクト等を収集・整理し、なかでも特色ある地域活性化の取組み(宮崎県日向市・福岡県糸島市・福岡県福岡市)に関してヒアリング調査を実施した。
以下、2 章では海岸を活かした地域活性化の課題を抽出し、3 章では特色ある取組みへのヒアリング内容を整理し、それらの知見を踏まえ 4 章では海岸管理者や市町村等が取り組む支援方策を提示した。
図-1 研究フロー
2. 海岸を活かした地域活性化とは
2-1 海岸を活かした地域活性化の課題抽出
海岸という地域資源を活かした地域活性化は、どのような形で実現していくことができるのであろうか。
また、その実現に向けてどのような課題が存在するのであろうか。
課題の把握にあたり、18 海岸の事例から抽出した内容と地域再生や地域ガバナンスをテーマとした文献を参照した(塩見編 1989;小田切 1994)。18 事例の海岸を活かした地域活性化の仕掛けを、活動主体や自治体総合計画やまち・ひと・しごと創生総合戦略(以下「総合戦略」という)、条例・ルール、支援制度、広報、イ
ンバウンドの取組み等の観点で整理し、総合計画や総合戦略の記述から「地域活性化」の意味内容をたどった。
その結果、地域活性化の実現に向けて必要な要素を抽出すると、概ね「人材」「資金」「背後地・背後施設との連携」の 3 要素で構成されていることがわかった。加えてそれらを下支えする「制度」については、本業務では補足的に捉える。また、図-2に示したように 3 要素の過不足を捉えることができるよう既存能
力・潜在能力・外的要素の 3 つに分けている。
・既に有している能力(色付き)
・潜在力:地域内に存在しているにも関わらず充分に活かされていない力または存在を認知されていない備わった能力
・不足要素:地域内には存在していないため、外部からの投入や支援等が可能な能力
図-2 海岸を活かした地域活性化に必要な要素
2-3 地域活性化の取組段階の設定
また、目指す「地域活性化」の姿にはいくつかの段階を設定できる。地域活性化の最終的な目標は「地域住民の幸福度の高さ」であるが、その前段階として、まず当該地方公共団体に対する「認知度の向上・一時的な集客」、次に「定期的な集客・交流」、そして「移住・企業活動の促進」が目指されている。その結果、
これらの取組みが、稼ぎにつながりうまく地域に循環・分配されることが望まれる。
現状がどの段階で、目指す姿をどこに置くかは地域ごとに異なり、活性化の実現に向けては中・長期的な
時間軸のもとで取り組むことが求められる。
図-3 地域活性化の取組段階
2-4 取組状況把握のためのチェックシートの作成
第 2 章の情報収集、整理内容を踏まえ、地域活性化における主要な必要要素である「人材」「資金」「背後地・背後施設との連携」等に関する、留意・考慮すべき事項を抽出し、各事項がそれぞれの地域でどの段階(発
揮されている、潜在力段階、不足要素)にあるかを整理するチェックシートを作成した(表-1)。
なお、このシートは今後多数の地域における情報を収集・整理することにより、修正、追加等の充実を図っていくことが期待される。また各事項間の相関・主従関係の解析・追跡や傾向の分析によって、チェック項目となる各事項の課題に対する先鋭化を図り、適格かつ確実に地域の課題を抽出するツールとして、利活用されるための工夫を加え続けることも重要である。
表-1 海岸を活かした地域活性化のためのチェックシート(一部抜粋)
このような情報を多数の海岸で整理することにより、
①個々の地域がどのような段階にあるか、足りない(活動を展開すべき)要素は何かを把握する
②活動を展開するために参考となる先進事例を把握し、活動の方向性検討の参考とする
ことが、より簡明になると考えられる。
3. 特色ある地域活性化の取組事例
次に、主な分析対象である 18 海岸の中から、地域住民や地域団体、民間事業者等が一体となって海岸を地
域資源のひとつとして利活用している 3 地方公共団体(宮崎県日向市、福岡県糸島市、福岡県福岡市)を選定した。ヒアリング調査により現在の取組状況、既に有している能力や課題等を把握した。そしてその内容を「人材」「資金」「背後地・背後施設との連携」「制度」の観点で整理した。
ヒアリング調査は、観光商工、企画政策部局の担当者を対象に実施した。
表-2 ヒアリング対象の概要
3-1 宮崎県日向市(お倉ヶ浜・金ヶ浜)
(1)取組みの概要
宮崎県の北部に位置する日向市は、人口 59,999 人(令和元年 10 月)、県庁所在地の宮崎市から北に約 70
㎞に位置する。日向灘に面した美しい海岸沿いには、お倉ヶ浜、金ヶ浜など日本屈指のサーフポイントが存在する。
日向市は温暖な気候と豊かな自然環境の下で育まれた地域資源としてサーフィンに注目し、シティプロモーションを推進している。平成 27 年 10 月に「元気な“日向市”未来創造戦略(日向市総合戦略)」を策定後、平成 28 年 12 月 1 日には全国屈指のサーフスポットとしての魅力発信プロジェクト「リラックスサーフタウン日向」を始動し、平成 29 年 11 月「サーフタウン日向基本構想」の策定により、将来のサーフィンやビーチレジャー等のハード/ソフトの環境整備内容を検討している。「リラックスサーフタウン日向プロジェクト」の施策は「日向を知ってもらう(認知度の向上)」、それによって「日向に来てもらう(交流人口の増加)」、そして最後は「日向に住んでもらう(移住者の確保)」の 3 段階を設定しており、令和元年度までは、「日向を知ってもらう(認知度の向上)」に重点を置き、プロモーション等の情報発信に力を入れてきた。核となる取組みが、平成 28 年 12 月からのポータルサイト「ヒュー!日向」の開設である。ロゴやプロモーション全般のイラストをプロのデザイナーに依頼し、メインキャラクターを設定して統一感を持たせて情報発信のトータルプロデュースを行っている。また、開設後の一連の PR は日向市に縁のある製作者が所属する大手広告代理店と組んで進めている。ポータルサイトを最大限に活用し、一般的に行政のウェブサイトには掲載しにくい飲食店、宿泊情報や波がなくても遊べるスポットや、サーフィン以外の楽しみ情報など自由度の高い内容を掲載しており、これらの情報により、観光客の滞在日数・時間を伸ばす狙いもある。
ポータルサイトを開設後には、サイトを見つけたアパレル企業との商品提携が決まった。また同時期にはドラマのロケ地、世界ジュニアサーフィン大会のアジア初の開催が決まった。選手関係者も含めて約 500 人、41 の国と地域の人々が 2 週間にわたり日向市に滞在した。本大会を通じて、日向市のビーチ環境やサーフ環境が世界で通用することを日向市民の中に自覚が少し生まれてきたという。
また、3 つのサーフスポットのうち金ヶ浜周辺の海岸の国道沿いでは、令和元年頃から民間投資の機運が高まってきている。地元人気の雑貨店やレストラン、カフェ、タリーズコーヒー等のチェーンから成る商業施設やゲストハウスの開業も相次いでいる。経営者の中には地元企業や地元出身者(U ターンも含む)が非常に多い。また、サーフィンができる環境の整備は、移住者の増加にもつながっている。日向市において平成28 年度、29 年度、30 年度の移住世帯及び移住者数の総数は 88 世帯 148 人であり、このうちサーフィン関係の移住者数は 20 人(約 15 パーセント)を占めた。
図-4 日向市の位置
出典:国土地理院地図、グーグルマップをもとに作成
日向市では、地域活性化の具体的な施策として、認知度向上につとめてきた。その成果や課題等を整理した結果は次の通りである。
(2)人材
既に有している能力としては、以下がある。
・情報発信において、プロのデザイナーや大手広告代理店などの専門家集団を活用
・行政職員は部局を超えた協力体制の下で継続的に企画・運営に関与
・地元と移住者の交流ツールとして、多世代・多文化交流を可能にするアクティビティであるサーフィンの活用
課題としては、以下がある。
・地域活性化の次の段階(定期的な集客・交流)に向けた地元ガイドや通訳者の人材不足
・幼少期からの海でのアクティビティに関わる機会の不足
課題として、サーフィン以外の地域資源の発掘とその魅力発信が期待される。そのため既に潜在能力としてまちなかでのイベントの開催を牽引する観光協会や商工会議所等との連携(ex.マルシェ、食の祭典、イルミネーション等)が図られていることから、今後の資源の発掘と魅力発信の継続や展開の可能性も考えられる。
図-5 将来の「サーフタウン日向」のイメージ
出典:「サーフタウン日向基本構想」平成 29 年 11 月
(3)資金
既に有している能力としては、以下がある。
・地方創生交付金の活用と比較的中・長期的な展望の下での複数年度の業務発注により取組みを遂行
・情報発信による認知度向上により、地元企業や移住者等による商業・宿泊業への参入が増加課題としては、以下がある。
・砂浜や海岸沿いでの参入促進のための事業者発掘
・地域内外の旅行会社との連携
・ハード面の整備に必要な資金の獲得
(4)背後地・背後施設との連携
既に有している能力としては、以下がある。
・海岸沿いの国道での商業・観光施設の開業課題としては、以下がある。
・海岸利用がサーフィンに特化しており、多面的な利活用が未着手/未実施
・地域活性化の次の段階(定期的な集客・交流)に向けたハード面が未整備(表示や看板、ベンチやデッキ等の施設)
(5)制度
既に有している能力としては、以下がある。
・都市計画法上の市街化調整区域内での開発のため、市街化調整区域の許可基準第 34 条第 9 号(沿道サービス施設)を活用し、国道 10 号線沿いの旧ドライブインを改築することで海を望む商業施設を開業課題としては、以下がある。
・海岸の背後地にキャンプ場やコテージ等の屋外施設の建設構想を描いても、関係法令(都市計画法・自然公園法・森林法、海岸法等)との調整が難航
以上のように、日向市では当該地域の認知度の向上は既に図られていることから、今後は海岸を活かした地域活性化の次なる段階(定期的な集客・交流)に向けて、サーフィン以外の海のアクティビティにも目を向けることが望まれる。その際、海辺のカフェやゲストハウスや海辺の道の駅と連携したイベントの企画や運営、通年利用に向けた冬の海の活用等、既存の活動主体や取組み、施設を活かすことで課題解決の一助となると考えられる。
3-2 福岡県糸島市(糸島半島二見ヶ浦・芥屋海
水浴場)
(1) 取組みの概要
福岡県の西部に位置する糸島市は、人口 101,637 人(令和元年 12 月末)で、福岡市から西に約 30 ㎞、車で 45 分の近接性ながら、海や山などの恵まれた自然環境を有している。平成 22 年 1 月に前原市、二丈町、志摩町の 1 市 2 町が合併して誕生し、平成 23 年 3 月に第1 次糸島市長期総合計画を策定した。合併により、糸島市は海岸線、田園、中山間地域まで様々な環境が揃い、農林水産物や加工品、クラフト製品に至るまでバラエ
ティ豊かな質の高い品物の生産地となった。総合計画の中では、本市の強みのひとつとして「豊かな海・山・川と田園風景」が挙げられている。市の北部の海岸線を有する地域は玄海国定公園に指定されており、今後は自然環境の保全育成に加え、豊かな自然環境を健康増進や観光に活用していくことも政策として示されており、自然環境の保全と活用のバランスを図りながらいかに観光振興をはじめとする地域経営につなげるかに重点が置かれている。
近年は本市の大都市に近接した田園都市の環境に惹かれ、「移住したい街 No.1」として全国的にも注目を集め、県内外から移住者や観光客が増加している。イメージが変わる大きな契機のひとつは、約 30 年前にさかのぼる。景勝地として有名な二見ヶ浦に「サンセット」という名のカフェができ、サーファーが集う場所となり、民間ベースで海岸沿いに個性的なカフェが増えていった。現在では、糸島半島の海沿いを走る県道 54 号線は二見ヶ浦から約 30 ㎞続く「サンセットロード」として知られ、夏季を中心に観光客が押し寄せるスポットとなっている。また九州大学が、平成 17 年度から 30年度にかけて段階的に伊都新キャンパスへの移転を完了させたことで、本市では国内外からの若い人材の確保や産学官の連携がより一層進んでいる。
図-6 糸島市の位置
出典:国土地理院地図、グーグルマップをもとに作成
(2)人材
既に有している能力としては、以下がある。
・地元に誇りを感じる若い世代の増加
・地元と移住者の交流と連携
・地域おこし協力隊の活用
・地元の環境ボランティアやサーファーによる砂浜の自主的な環境維持活動(清掃や不法投棄の注意喚起)
・まちなかでのイベントの開催を牽引する観光協会や農業生産者団体等との連携(ex.農産物直売所、マルシェ、食の祭典、クラフトフェア等)
特筆すべき課題は特に見出されなかった。
(3)資金
既に有している能力としては、地元企業や移住者等による商業・宿泊業への参入があり、課題は特に見出されなかった。
(4)背後地・背後施設との連携
既に有している能力としては、以下がある。
・市町村合併を好機と捉え、海から山までを含む多様な地域資源のパッケージ化、ブランド化
・海辺のカフェやゲストハウスと連携したイベントの企画や運営(ex.糸島市の芥屋海水浴場でのサンセットライブ、清掃活動を行った客へのドリンク無料サービス等)
・海水浴場の背後地と海の家経営者の「民-民連携」による海水浴場の秩序維持
課題としては、以下がある。
・海岸沿いの県道の渋滞
・ごみや釣り針の不法投棄
・海水浴場の騒音
課題がある一方、夏季のオーバーツーリズムに由来するごみや釣り針の不法投棄の解決策として、海辺のカフェやゲストハウスの協力も得て、地域住民のみならず観光客も巻き込みながら実施する方法も登場している。
(5)制度
既に有している能力としては、以下がある。
・海岸沿いは市街化調整区域のため事業者の新規参入が困難。それゆえ、過度な開発を免れ、観光資源となる美しい海岸や砂浜の環境が保全されている。
課題としては、以下がある。
・海岸沿いは市街化調整区域のため事業者の新規参入が困難
以上のように、糸島市では人材、資金、背後地・背後施設との連携の 3 要素は充分に整ってきている段階であり、今後はオーバーツーリズムに由来する新たな課題に対して、だれが、何を、どこまで行うかという役割分担とそのための調整が求められている。
3-3 福岡県福岡市(糸島半島西浦地区、シーサ
イドももち海浜公園、志賀島海水浴場)
(1) 取組みの概要
福岡市は、人口約 159 万人(令和 2 年 2 月)を擁する日本海側最大の都市である。豊かな自然と充実した都市機能がコンパクトに整い、東京とは異なる独自の魅力のある都市である。
古い時代よりアジアへの窓口としての機能を担っており、学術、文化、経済などの多方面で交流を蓄積してきた。海の拠点として人の交流、物流を支える博多港は釜山との国際定期航路を持ち、日本でも有数の入国者数を誇る。市街地の中の海岸部としては福岡PayPay ドームや福岡タワーがある百道エリア、シーサイドももち海浜公園、それ以外で海岸、特に砂浜としては東側は金印で有名な志賀島、西側は糸島半島に位置する西浦地区がある。
志賀島は、人口が 1,648 人(平成 30 年 3 月現在)、そのうち 65 歳以上が 744 人で全体の 45%を占める。福岡市と合併した昭和 46 年の人口は約 3,500 人であり、半分以下に減少している。一方で、志賀島は市営渡船で博多ふ頭まで約 35 分、博多ふ頭からはバスで天神まで約 10 分と都心までのアクセスが良く、海と山などの豊かな自然、潮見公園や勝馬海岸など美しい景観など多数の魅力を有する。志賀島では、地域の住民がイベントを盛り上げ、「志賀島振興協議会」という組織もあり、景観・食・歴史と人を惹きつける素材も豊富であることから、今後はその魅力をうまく発信することが求められている。
糸島半島の海岸沿いは玄海国定公園に指定されており、自然環境の保全と活用のバランスを図りながら、いかに観光振興をはじめとする地域経営につなげるかに重点が置かれている。福岡市では、優良な農地や自然環境の保全などを図りながら、計画的な市街地の整備を進めるため、都市計画法に基づいて市街化区域と
市街化調整区域に分けてまちづくりを進めている。農林水産業などの田園地帯とすることが企図された市街化調整区域においては、民間事業者を誘致するためレストランやカフェ、宿泊などに用途を限定して開発が可能となる土地利用の規制緩和を平成 28 年 6 月から開始した。
図-7 福岡市の位置
出典:国土地理院地図、グーグルマップをもとに作成
(2)人材
既に有している能力としては、以下がある。
・東側の志賀島では、地域住民のみならず民間事業者も巻き込んだ地域活性化の協議会を既に組織
・西側の西浦地区では、どちらかというと地元以外の方々がその魅力を感じて積極的に出店し、移住者の視点も盛り込んで賑わいを創出
・地元の環境ボランティアやサーファーによる砂浜の自主的な環境維持活動(清掃や不法投棄の注意喚起)課題としては、以下がある。
・高齢化が進む地域の住民主体の協議会では、若者やヨソ者の連携が不足
・移住者の交流と連携が活発な地域では、地域住民との連携が不足
(3)資金
既に有している能力としては、地元企業や移住者等による商業・宿泊業への参入がある。
課題としては、以下がある。
・高齢化が進む地域において、経営者が高齢化し後継者が見つからないことから、海の家の存続が困難
・もともと開発を抑制している地域であるため、インフラ整備が不足。特に上下水道に関しては、井戸水を利用したり浄化槽をつくったりするための設備投資が大きな課題
・投資や維持コストを削減するアイデアが必要
(4)背後地・背後施設との連携
既に有している能力としては、以下がある。
・海岸沿いの国道での商業・観光施設の開業(ex.「パーム・ビーチ・ザ・ガーデンズ」)
・平成 28 年 6 月から市街化調整区域内における土地利用の規制緩和を活用し、民間事業者が飲食業・宿泊業を開始(ex.パンケーキ・カフェ「糸島茶房」等)
課題としては、以下がある。
・海岸沿いの県道の渋滞
・ごみや釣り針の不法投棄
・海水浴場の騒音
課題がある一方、魅力的な店舗がすでに集中しているエリアであれば、そのエリアをさらに磨き上げると
ともに、もう少し離れた周辺の観光資源にも足を伸ばしてもらえるような観光モデルコースをつくるなど、今後は福岡市の魅力的な海辺を活用して、地域全体の観光周遊コースの形成を取り組むことが期待される。
(5)制度
既に有している能力としては、以下がある。
・福岡市には豊かな海や山の風景や農産物・海産物などがあり、それらを活用して民間事業者を誘致するため、レストランやカフェ、宿泊などに用途を限定して開発が可能となる土地利用の規制緩和を平成 28 年 6 月から開始
・農山漁村地域における市の施策としては、地場産業である農業や漁業などへの支援や、市街化調整区域に定住化を促すような規制緩和を実施
・都市計画法上の市街化調整区域の許可基準の活用(第 34 条第 9 号;沿道サービス施設)
課題としては、以下がある。
・平成 28 年 6 月から土地利用の規制緩和が実施されたものの、改築等の際には浄化槽の設置や上下水道等のインフラへの設備投資が必要
・改築等の際に必要となるインフラ整備の資金確保や許認可が難航し、規制緩和の活用が停滞
以上のように、福岡市では人材、資金、背後地・背後施設との連携等の 3 要素が充分に整っており、規制緩和やその活用にまで及んでいる。豊かな自然環境を魅力に感じて事業者や観光客が集まっているため、自然環境の保全と利用の調和が求められている。行政がインフラを整備することも重要であるが、行政と民間事業者、また民間事業者同士がアイデアを出し合い、その上で誰が何をやるべきかを考えることが重要である。
4. 海岸を活かした地域活性化に向けて
4-1 個々の地域における取組状況の明確化
本章では、情報収集、整理を行った 3 地域について、各事項がどの段階に相当するのか概略を当てはめた(表-3)。第 2 章で作成した「海岸を活かした地域活性化のためのチェックシート」を用いて、各事項で「発揮されている」に該当した項目については、収集できた取組みに関する情報を摘要欄に記載した。
表-3 地域の地域活性化の取組段階
4-2 地域に共通する支援施策
全ての段階で見出された不足要素を抽出すると、表-4のようになる。資金、背後地・背後施設との連携、制度のいずれにおいても見出された。
地域活性化のどの段階においても、この項目に関する取り組み事例が少なく、不足要素に該当している地域が大多数である項目は、有効な活動、行動の方向性、支援施策が見出されていない事項と考えられる。また、どの地域でも不足要素となっている項目が、海岸管理者や市町村等が取り組む必要がある支援方策だと考えられる。以下に、各事項で考えられる対応策(案)を提案する。
(1)人材面
①民間事業者の関心、行動を促す
利用促進を図っていってもよい海岸(区域)を設定し、利用を期待、希望する者を募る、いわば「海岸利用不動産情報」(仮称)を作成し、SNS 等を活用して発信する。
このことにより、海岸管理者が当該海岸の利用促進を期待していることが広く周知され、従前以上の民間の関心を引き出すことが期待される。
②年少時からの海岸への関心の惹起
自然環境、安全性等を勘案した上で、地域の学校、教育機関、学童保育、社会福祉協議会等に呼びかけ、海岸で楽しみ、学び、また世代間交流を図る「みんなの海岸、まなびの海岸」(仮称)を制度化する。
自分たちの海岸との意識を幼少期から持つこと、幅広い年代層との交流を図れる場とすることにより、地域コミュニティ活動の活性化に資することが期待される。
③関係人口を拡大する
姉妹都市、姉妹学校等、特定の地域どうしの交流を深める取組等を活用、拡大し、関係性の高い地域間交流を図る。特に海岸のない地域との交流は、普段体験できない重要な経験と交流をもたらし、長く続く取組みに定着させていくことが期待される。
(2)資金面
①民間企業活動等の積極的誘導
「海岸利用不動産情報」(仮称)等により、民間の海岸利用を募る際、背後地と一体として企業利益を上げることを許容し、民間の進出のインセンティブを拡大する。その際、進出する民間企業等には、包括占用制度のような枠組みを設け、海岸環境保全活動をセットで行ってもらうことを要請し、企業活動に合わせ、CSR の取り組みも積極的行っていただくよう、理解を求めていく。
当初は、モデル海岸地区の設定等により、社会実験の手法を活用して、効果、課題を把握した上で、制度の成熟を図りながら、段階的に進めていく手法が有効と考えられる。
②統一感のある利用促進施設整備
海岸は、地域の魅力の一要素であるとの観点を重視し、地域の魅力ある施設に関するサイン、案内版等を地域全体で統一し、地域ぐるみで活性化に取組んでいる意識を醸成する。北米が発祥と考えられるシーニックバイウェイ 1)の取組みが参考になると考えられる。
表-4 3 地域に共通する不足要素
(3) 背後地・背後施設との連携面
①地域の一体感を高める個性的なイベントの企画、風物詩化
イベントを一時期ものとして軽視する風潮もあるが、地域に定着すれば(例えば北海道の夏の海水浴キャンプ、沖縄のバーベキューなど)、その場所の個性となる伝統、風物詩に発展する可能性がある。
良い企画のイベントが生まれ、それが今や国全体のムーブメントになっているものも多数あり(例えば最近ではハロウィーンイベント)、肩ひじの張らない柔軟な発想で新たな挑戦を展開する場として、海岸は個性的な場所としての潜在力を秘めていると考えられる。
②ハードの整備
海岸において整備される施設は、海岸管理者が利用者を想定して検討・整備するのが一般的であ
る。施設整備された後に、特に当初想定していなかった民間事業者との連携や、イベント利用を図ろうとする場合において、整備されたハードと施設利用者とのシーズ・ニーズの不一致が生じがちとなる。このため、施設整備においては、その検討段階から幅広に将来の施設利用者を想定しておくだけでなく、直接地域の民間事業者、有識者、住民等から広く意見・要望等を拾い上げ、手戻りなく有効に活用される施設となるよう計画することが肝要となる。なお、意見・要望等を拾い上げる際には、民間事業者、有識者、住民等が整備そのものや整備された施設の維持を担う責任を負う可能性も同時に認識しておかせることは、地域に過大な施設が整備されてしまうことを防ぐことと、施設維持費を抑制させるような工夫として有用である。
(4)関係法令の調整
今後チェック項目の充実を図るべく、各地域において更なる情報・事例の収集を実施する際には、同時に現法令や制度下で実施が抑制されている事業、営業、イベント等の把握を行い、規制緩和/強化を想定した場合の法令や制度および周辺地域に対する影響・感度を分析し、必要に応じて対応を検討することで、更なる利活用の活性化を図ることが有用である。
表-5 不足要素への対応策(案)
1)景観・シーン(Scene)の形容詞シーニック(Scenic)と、わき道・より道を意味するバイウェイ(Byway)を組み合わせた言葉である。地域と行政が連携し、景観や自然環境に配慮し、地域の魅力を道でつなぎながら個性的な地域、美しい環境づくりを目指す施策である。
図-8 津波避難タワーの平時利用(舞台利用)
出典:大磯町ウェブサイト
5. おわりに
海岸を活かした特色ある取組みを進めて地域活性化につなげつつある地域では、地方公共団体や民間事業者から発せられる「前例のない」「想定外」のアイデアや要望に耳を傾け、法律や制度をどのように運用すれば実現し得るかを一緒に悩み、考えてくれる海岸管理者の存在が浮かびあがってきた。ただし、そのような存在はまだ少数で、多分に海岸管理者の素質に留まっていることは否めない。
今後の海岸行政のあり方として、本研究で検討した背後地、人材、資金を含めた幅広い関係項目を有機的に活用し活性化を図るためには、国や県の出先機関における、背後地、人材、資金に関連する部局の職員が、各所掌の課題解決に海岸およびその空間を活用できる点を認識しておくことが必要である。このため、規制緩和/強化を図る際には、同時に国や県の職員を対象とした地域活性化と海岸の利活用に関する研修・説明を積極的に行うことが有用である。
その際、本業務で作成したチェックシートを活用した意見交換やワークショップの場を設けることで、地域の現状に対する自己認識の確認、他者との認識の比較、海岸管理者としての自分の活動の意義を整理するとともに、今後の方向性等を展望する機会とすることも期待される。
<参考文献>
1) 特集海岸法の改正について:強靭な国土を目指して:河川,70(9),日本河川協会,2014
2) 砂浜の利活用の更なる促進に向けて(提言)~地域に根ざし、グローバルに拓けた「ビーチリゾート創
出」を目指して~:ビーチリゾートの創出に関する技術検討ワーキンググループ,国土交通省,平成 31年 1 月
3)塩見譲編:地域活性化と地域経営,学陽書房,1989
4)小田切徳美:日本農業の中山地帯問題,農業統計協会,1994
5) 農業土木標準用語事典改訂 5 版,農業土木学会,2003
6)これからの移住・交流施策の在り方に関する検討会報告書,総務省,平成 30 年 1 月
7)古川彰・松田素二編:シリーズ環境社会学 4 観光と環境の社会学,新曜社,2003