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洪水による被災を防ぐ「社会的閾値」の存在が明らかに

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揚水汲み上げ規制開始の地盤沈下の深さ、寺院建立の標高は共通して約1.5m

2020-04-08 総合地球環境学研究所

概要

東日本大震災では海岸沿いに居住する多くの住民が津波で犠牲となりました。海沿いで生活することには、海から多様な恩恵を受ける反面、津波や洪水で被災するという大きなデメリットもあります。このたび、総合地球環境学研究所の谷口真人教授、サンヒョン・リー研究員らの研究グループは、日本を含む東アジア・東南アジアのメガシティが立地する海岸沿いの平地で地下水の汲み上げの規制が始まる地盤沈下の深さや、信仰の中心であるタイの寺院の立地する標高が、共通して約1.5mであるという「社会的閾値」が存在することを見出し、『Global Sustainability』誌に発表しました。この知見が、今後アジアの海岸沿いの地域設計を進めるうえで、有益な根拠となることが期待されます。

成果の詳細

■ 地盤沈下の揚水規制が起こる「社会的閾値」は1.4-2.1m

日本を含む東アジア・東南アジアのメガシティの多くは、海沿いの沿岸地域に所在しています。メガシティが立地する沿岸地域は、沖積層※1という比較的新しい地層の上にある平地であり、柔らかい地質地盤に豊富にある地下水を無料で使えるというメリットがあることがその立地要因の一つであると考えられます。

しかし、地下水の過剰な使用により、現在、どのメガシティも地盤沈下を引き起こしています。地盤が沈下すると、津波などで押し寄せた水がなかなか引かず、洪水の原因となります。そのため、どの国でも、行政機関はある時点で地下水の汲み上げの規制(揚水規制)を始めています。

そうした中、研究グループは、どれくらいの地盤沈下が起きたときに揚水規制を始めるのか、その規制措置に共通した傾向、すなわち「社会的閾値」があるかどうかを、1920年から2000年までのデータをもとに、東京、台北、バンコクの3つのメガシティで調査しました。その結果、調査対象となった3つのメガシティに共通して、揚水規制が起こる社会的閾値は地盤沈下が1.4-2.1mに達したときであることが明らかになりました(図1)。

図1 アジアのメガシティにおける地盤沈下の深さと揚水規制の開始年。揚水規制は、東京は沈下開始41年後、台北は18年後、バンコクは16年後、地盤沈下が1.4-2.1mに到達したときに始まっていた。

図1 アジアのメガシティにおける地盤沈下の深さと揚水規制の開始年。
揚水規制は、東京は沈下開始41年後、台北は18年後、バンコクは16年後、
地盤沈下が1.4-2.1mに到達したときに始まっていた。

■ 寺院を建立する標高の社会的閾値も約1.5m

研究グループが地下水利用のデータ解析を進める中、チャオプラヤ川流域の運河の水質が寺院近辺で変わることが明らかになりました。地下水は土の粒子(土粒子)に常に接触しているため、土から散逸するラドンの量は河川水に比べて非常に高くなります。寺院付近で発見された水のラドン濃度が高く、その成分が地下水由来であることが明らかになり、寺院近辺の運河には地下水が流出していると推測されました。

この理由として「地元住民は、標高が若干高く、土が砂で構成されていて透水性がよく、地下水が豊富に出る良質な地盤の土地を寺院に寄贈してきたという歴史的経緯があるのではないか」ということが予想されました。

そこで研究チームが、まず地盤の標高と寺院の立地を調べたところ、寺院の立地する場所の標高は、周辺より1.5m高いことを確認しました(図2)。次に、寺院の僧侶やタイ仏教建築の権威であるタイ考古局・前局長などに寺院建立の歴史的経緯について聞き取り調査を行ったところ、地元住民は地下水が豊富に出る良質な地盤の土地を寄贈してきたことが明らかになりました。

以上のことから、地元住民は、信仰の場である寺院を洪水から守り、地下水が豊富に出る良質な地盤を提供するため、周辺より若干標高の高い土地を寺院に寄贈してきており、その社会的閾値が1.5mであるということを経験的に知りえていたという歴史的な背景が明らかになりました。

図2 寺院の立地標高。チャオプラヤ川流域の総数836の寺院について、立地標高を調べ(左図)、流域全域の平均標高と寺院の立地平均標高を比較したところ(右図)、全域平均標高(3.9m)より寺院の立地平均標高(5.4m)の方が1.5m高かった。

図2 寺院の立地標高。チャオプラヤ川流域の総数836の寺院について、立地標高を調べ(左図)、流域全域の平均標高と寺院の立地平均標高を比較したところ(右図)、全域平均標高(3.9m)より寺院の立地平均標高(5.4m)の方が1.5m高かった。

■ 社会的閾値1.5mを考慮した地域設計を

上記のふたつの調査結果および他の複数の地域事例から、水の恩恵と災害(洪水)の社会的閾値は約1.5mであるということが明らかになりました。

社会的閾値であるこの標高1.5m以下の地帯に住む全世界の人口分布を調べたところ、アジアでは4400万人が、さらに日本は880万人であることが明らかになりました。また、アジアでは、過去20年間でこうした地帯の人口は30%上昇していることがわかりました。

良質な地下水が得られるような水辺の近くに居住できれば、自然の恩恵を受けることができますが、同時に洪水という災害に被災するリスクも高くなります。今回の研究によって、社会的閾値が1.5mであることが明らかになり、今後都市設計や地域設計を進める上で、こうした社会的閾値を考慮して進めることが肝要であることが示唆されました。

用語解説

※1沖積層

約2万年前の最終氷期以降に堆積した、比較的新しい地層のこと。

論文掲載誌

本研究成果は、2020年2月24日(現地時間)、英国の学術誌『Global Sustainability』誌に
オンライン掲載されました。

  • 論文タイトル:Identifying social responses to inundation disasters: a humanity–nature interaction perspective
  • 著者:Makoto Taniguchi and Sanghyun Lee
  • DOI: 10.1017/sus.2020.3
  • 論文
研究体制と支援

本研究は、総合地球環境学研究所の「都市の地下環境に残る人間活動の影響」プロジェクトならびに科学技術振興機構のベルモントフォーラムの支援を受けて行われました。また論文発表の一部は山梨県忍野村の地下水プロジェクトの支援も受けました。

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0803資源循環及び環境0903都市及び地方計画0904河川砂防及び海岸海洋
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