2022-09-14 東京大学生産技術研究所
○発表のポイント
◆建築空間や都市空間において、人々の交流が生まれやすいホットスポットの場所を、色の濃淡としてリアルタイムに可視化するソフトウェアを無償公開しました。
◆住宅のフロアレイアウトやインテリアデザイン、あるいは駅前空間や公園空間の活用方法など、ユーザーとデザイナーが対話しながら、協働で理想の空間を設計していくようなシーンにおける、特に初期フェーズでの活用が期待できます。
◆学術的な新規性としては、数学的に極めて煩雑な「凸空間の列挙アルゴリズム」をソフトウェア実装した点が挙げられ、本公開によって複雑なプログラム作成が不要となります。
○発表概要
東京大学 生産技術研究所の本間 裕大 准教授とソフトウェア開発を専門とする株式会社セックの研究グループは、数理最適化手法を用いて人々の動きや交流のパターンが及ぼす影響を評価・予測し、建築・都市空間の設計を支援するシステムの開発を共同で行ってきました。
その成果発信の1つとして、建築空間や都市空間において、「人々の交流が生まれやすいホットスポット」の場所を、色の濃淡としてリアルタイムに可視化するソフトウェア「Convex Space Visualizer」を、2022年9月14日よりGitHubにて無償公開しました(発表雑誌A、図1~3)。学術的な新規性としては、本間研究室が中心となって開発した凸空間列挙アルゴリズム(発表雑誌C、注1~3)をセックが中心となってソフトウェア実装した点が挙げられ、本公開によって複雑なプログラム作成が不要となります。空間の形を自由に入力し、あるいは変化させながら、考え得る数万から数十万もの凸空間を網羅的に列挙し、その分析結果をリアルタイムで得ることができるため、住宅のフロアレイアウトやインテリアデザイン、あるいは駅前空間や公園空間の活用など、ユーザーとデザイナーが対話しながら、協働で理想の空間を設計していくようなシーンにおける、特に初期フェーズでの活用が期待できます。
本成果は、2022年9月14日に「日本オペレーションズ・リサーチ学会秋季研究発表会」にて発表されました(発表雑誌B)。
○発表内容:
<研究の背景>
近年の建築技術の向上により、複雑で多様な形状をもつ建築物が増えてきています。デジタル技術の活用は、そのような複雑な建築物の設計にも生かされており、建築スケール・都市スケールの双方で、コンピュータを活用した空間設計が一般的になりつつあります。
一方で、設計された空間を人々はどのように感じるのか、その空間の認知に主眼を置いた分析は、様々な数理手法が提案されつつも難しいテーマであり、定量的な評価に課題が残っています。結果として、特に空間設計の大まかな方針を決めるような初期フェーズでは、空間デザイナーの感性や経験則に頼らざるを得ないシーンも多々ありました。その最たる例が、人々の活発な交流が期待できる公共的な空間(パブリック空間)と、それぞれの人が静かに集中できる個室的な空間(プライベート空間)の理解です。
この「パブリックとプライベート(注4)」空間の具体的な場所が、空間の設計と評価に大きな影響を与えることは明らかです。したがって「パブリックとプライベート」とを、デザイナーは経験的に認知しているのですが、ユーザーへ定量的に提示することは容易ではありませんでした。そこで、本間研究室では、一体感を持った空間の単位として凸空間(注1)に着目し、その分布を「パブリックとプライベート」の可視化に活用する手法を提案しています。数学的には、複雑な形状の空間内で考え得る数万から数十万もの凸空間を網羅的に列挙(注2)するアルゴリズム(注3)を新規提案しており(発表雑誌C)、それら凸空間を重ね合わせることによって「パブリックとプライベート」を自然に表現しています。一方で、あらゆる入力データに対し安定的に出力させるには、アルゴリズムの正確な理解と煩雑な計算幾何学(注5)の処理を必要とするため、専門家でなければ実装することが非常に困難でした。
<研究の成果>
そこで、本間研究室とセックは、空間設計に携わる誰もが凸空間列挙アルゴリズムを気軽に使える環境整備を目指しました。その成果として、凸空間列挙に基づく空間特性を可視化するソフトウェア「Convex Space Visualizer」の開発に成功し、2022年9月14日(水)より、GitHub上にて無償公開しました(発表雑誌A)。また、本成果について、2022年9月13~14日に開催される日本オペレーションズ・リサーチ学会秋季研究発表会にて発表しました(発表雑誌B)。
本ソフトウェアは、建築空間や都市空間において、「人々の交流が生まれやすいホットスポット」の場所を、色の濃淡としてリアルタイムに可視化するものです。これまで空間設計において感性に頼らざるを得なかった「パブリックとプライベート」に対して、定量的な可視化を可能としています。ゆえに、住宅のフロアレイアウトやインテリアデザイン、あるいは駅前空間や公園空間の活用など幅広い空間設計において、ゲームチェンジャーとなる可能性を秘めています。
分析したい空間形状はマウスで容易に入力し、また形状の微修正も簡単にできるようなインターフェースとなっています。ソフトウェア内では考え得る数万から数十万もの凸空間が高速に全列挙され、その分析結果は数秒もかからずにリアルタイムで出力されます(図1・2)。これらの仕様は、空間設計に当りデザイナーだけに頼るのではなく、ユーザーも主体的に参加することを可能とします。また、デザイナーも、提案した空間形状の意図をより説得力ある形でユーザーへ伝えることが可能となります。結果として、本ソフトウェアは、ユーザーとデザイナーとが対話しながら、協働で理想の空間を設計していくようなシーンにおける、特に初期フェーズでの活用が期待できます。
<将来の展望>
デジタル技術が高度に発達しているIoT社会だからこそ、ユーザーやデザイナーという「人」が主体的に携われる空間設計の支援システムが求められています。特に設計の初期フェーズという、おおまかなアイデアをまとめる局面へのデジタル技術支援は、これまであまり着目されてこなかったポイントです。
今回、公開したソフトウェアでは、一般のユーザーが無償で気軽に利用できるよう、シンプルな構成を心掛けましたが、空間の「最適化」への道筋も技術的には既に確立されています。凸空間として、あらゆる一体的な空間が把握できているため、例えば最も面積の広い空間、最も丸い空間、最も壁に接している空間など、どのような最適化基準でも柔軟に対応することが可能です(図3)。
今後も、本間研究室およびセックは、本公開ソフトウェアを一層深化させ、より多様な空間設計業務へ活用できるようなソフトウェア開発を、協働して進めていきます。
○発表雑誌:
A [ソフトウェア公開]
Convex Space Visualizer,GitHub,2022年9月14日公開.
https://github.com/sec-archispace/ConvexSpaceVisualizer
B [学会発表]
本間 裕大,藤山 和彦,山下 恒平,シンカロウ ミカライ,三竝 朋子,宇都宮 崇行,駒込 雅量,”建築・都市空間の数理的評価に向けた極大凸空間の列挙システム”,日本オペレーションズ・リサーチ学会2022年秋季研究発表会 アブストラクト集,2-F-2,2022年9月.
https://orsj.org/nc2022f/program/
C [(参考)提案手法に関する査読付き論文]
野畑 剛史, 本間 裕大, 今井 公太郎, “凸空間の列挙による建築空間の形態分析”, 日本建築学会計画系論文集, No.766, pp.2545-2552,2019年12月.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/aija/84/766/84_2545/_article/-char/ja
○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
准教授 本間 裕大(ほんま ゆうだい)
株式会社 セック 広報担当
○用語解説:
(注1)凸空間
誰もが視認でき対等な関係を築くことができる領域。左下で示した緑色の領域が凸空間の一例で、A~E全ての人が互いに視認でき、空間として一体感を共有できる。なお、数学的にも正確性を期すと、本研究が着目しているのは極大凸空間である。可視空間(右下の例)を前提とする建築空間分析はこれまでも実施されていたが、本研究のような凸空間の列挙による分析は前例がない。
(注2)列挙
ある条件を満たすようなパターン全てを、数学的に漏れなく並べあげることを指す。
(注3)アルゴリズム
ある目的を達成するための作業手順を、数学的に正しく、かつ正確にまとめたもの。
(注4)パブリックとプライベート
特に建築空間設計では、非常に重要な概念として認知されている。パブリックとプライベートはそれぞれ以下のような特徴を有しているので、空間をいくつかの部分的な空間に分割して有効活用するための参考情報となる。
(注5)計算幾何学
コンピュータで図形を数学的に処理することを目的とした学問分野。
○添付資料:
図1:公開ソフトウェアの分析プロセス
図2:様々な空間形状に対する出力例
図3:最適空間提示の例