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メタンハイドレートが分布する海底のメタン動態を評価~好気性・嫌気性微生物の共存がメタン消費のカギ~

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2024-03-11 産業技術総合研究所

ポイント

  • 山形県酒田市沖の海底堆積物を対象に、微生物の鉛直分布と活性を解明
  • 好気性・嫌気性微生物の共存領域を発見し、この領域を含む堆積物中でのメタン消費速度を推定
  • 海底のメタン動態の理解やメタンハイドレート開発に伴う環境影響評価に貢献

メタンハイドレートが分布する海底のメタン動態を評価~好気性・嫌気性微生物の共存がメタン消費のカギ~

メタン消費速度を明らかにするため、メタンが湧出する海底堆積物の化学・微生物分析と微生物の培養試験を実施

※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地圏資源環境研究部門 地圏微生物研究グループ 宮嶋 佑典 研究員、燃料資源地質研究グループ 吉岡 秀佳 研究グループ長、環境創生研究部門 鈴村 昌弘 研究部門付、環境生理生態研究グループ 青柳 智 主任研究員、堀 知行 上級主任研究員らを中心とする研究グループは、2020年、メタンハイドレートが分布する山形県酒田市沖の海底の堆積物を対象に、化学分析と微生物分析、安定同位体トレーサー培養試験の結果を用いて、微生物がメタンを消費する速度を推定しました。また、海底下の酸化還元境界層において、生育に酸素を必要とする微生物(好気性微生物)と必要としない微生物(嫌気性微生物)が共存してメタンを消費していることを新たに発見しました。これらの知見は、重要なエネルギー資源であり温室効果ガスでもあるメタンの海底での収支の正確な理解に貢献します。

なお、この研究の詳細は、2024年3月6日にEnvironmental Science & Technology誌にオンライン掲載されました。

研究の社会的背景

メタンは天然ガスの主成分であると同時に温室効果ガスでもあるため、資源として持続的に利用するためには、その生成と消失過程を詳細に理解することが重要です。海底下深部で生成したメタンは、天然ガス田やメタンハイドレートとして地層中に一部とどまりますが、堆積物の隙間や断層などを通じて上昇し、海底面から海水中へ湧出もしています。海洋は地球の表面積の70%を占めるにもかかわらず、海底から海水、そして大気へ放出されるメタンの量は、地球全体の放出量の数パーセント以下に抑えられています。これは海底の堆積物表層に生息する微生物が、メタンの消費に重要な役割を果たしているためと考えられています。しかし、これらの微生物の現場環境での活性や分布、メタン消費速度については、定量的な理解が進んでいません。

本研究は、地球化学から環境微生物学にまたがる分野融合的なアプローチによって、深海底の微生物によるメタン消費の機構解明に挑みました。

研究の経緯

産総研は、経済産業省の委託により、将来の国産エネルギー資源として期待される表層型メタンハイドレートの研究開発を実施しています(詳細はプロジェクトのウェブサイト)。当該プロジェクトでは、資源量の把握や深海における掘削・揚収技術などの検討に加えて、メタンハイドレートの開発に伴う海洋環境や生態系への影響評価についても重要な課題として取り組んでいます。2020年からは、日本海の山形県酒田市沖や新潟県上越市沖の表層型メタンハイドレートが分布する海域において、海洋観測船や遠隔操作型無人潜水機(ROV)を用いた海洋環境調査を継続的に実施してきました。これらの海域では、メタンを含む水の湧き出し(メタン湧水)を示す微生物マット(微生物の集合体)に表面が覆われた特徴的な海底面が多数存在することが確認され、微生物マット直下の堆積物に重金属などが濃集していることがわかりました(詳細は2022年11月7日 産総研「主な研究成果」)。今回はこの微生物マットで覆われた海底下の堆積物中における微生物活動とメタン消費に焦点を当てた研究を実施しました。

なお、本研究は、経済産業省のメタンハイドレート研究開発事業の一部として実施したほか、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費助成事業(科研費)19H04244の助成を受けたものです。

研究の内容

海洋調査船「新世丸」およびROV「はくよう3000」を用いて、酒田市沖の水深約540 mの海底を調査しました。灰色の微生物マットで覆われた海底とマットのない参照地点の海底で、堆積物の化学的な特性や生息する微生物を調べるため、長さおよそ20 cmのコア試料を採取しました。コア試料に対し、堆積物の隙間に存在する水(間隙水)の溶存成分であるメタンと酸素の濃度分析や堆積物の遺伝子・脂質解析を実施しました。また、メタンの湧出量を求めるため、湧出する水の流速を海底で計測しました。

濃度分析の結果、微生物マットで覆われた海底面から15 cmまでの深度には、参照地点の堆積物と比較して高濃度のメタンが溶存していました。また、海底直上の海水は酸素を豊富に含みますが、微生物マット直下の堆積物では酸素が急激に減少し、表面の5 mm以内でしか検出されないことがわかりました。これは、参照地点では酸素が海底面から1.5 cm程度の深さまで比較的ゆるやかに減少し、それ以深で検出限界以下となる結果と対照的です。遺伝子・脂質解析の結果は、酸素を利用してメタンを消費する「好気性メタン酸化バクテリア」と酸素がない環境でメタンを消費する「嫌気性メタン酸化アーキア」が、微生物マット直下でのみ共存していることを示していました。

また、微生物マットで覆われた海底下の堆積物について、微生物によるメタンの消費速度を推定するために、炭素の安定同位体をトレーサーとした培養試験を実施しました。メタンは微生物により二酸化炭素に変換されるため、堆積物に安定同位体濃縮メタンを添加して培養を行うと、二酸化炭素の炭素同位体比が時間とともに増加します(図1)。この同位体比の増加速度から、メタンの消費速度を推定しました。海底に近い温度で、培養開始時に酸素を与えた系と無酸素の系とで培養を行った結果、培養の初期において、前者のメタン消費速度は後者のそれの4倍近いことがわかりました。

図1

図1 微生物マットで覆われた海底下堆積物の培養試験結果。左が酸素を与えた系、右が無酸素の系。

※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。


さらに、微生物の脂質や16S rRNAへの安定同位体取り込みの追跡試験(安定同位体プローブ法)により、培養試験で特に活動的であった微生物種を特定することに成功しました。特定した微生物種について、堆積物中の微生物活性を示す16S rRNAや脂質の鉛直分布をもとに、現場環境での分布も明らかにしました(図2)。微生物の鉛直分布と、培養試験で得られたメタン消費速度を照らし合わせることで、好気性・嫌気性微生物それぞれの現場堆積物中でのメタン消費速度を推定しました。また、海底から湧出する水の流速と、間隙水に溶存するメタンの濃度からメタン湧出量を求めました。これらの結果から、微生物マットの下の堆積物中では、湧出するメタンの10%を好気性メタン酸化バクテリアが、30%を嫌気性メタン酸化アーキアが消費し、両者の共存によって合計40%のメタンが消費されていると見積もりました(概要図)。このことは、微生物マット直下に優占する嫌気性メタン酸化アーキアに加えて、好気性メタン酸化バクテリアも、メタンの消費に重要な役割を担っていることを示しています。

特筆すべきは、好気性メタン酸化バクテリアの活性を示す16S rRNAや脂質が、嫌気性メタン酸化アーキアの活動域である、酸素がほぼ検出されない海底下6 cmまで認められたことです。今回調査した酒田市沖の微生物マットで覆われた海底では、メタンを含む水が年間およそ2~3 mで湧出しているという特徴があります。このような湧水は直上海水から堆積物への酸素の浸透を制限し、海底下5 mm以深は酸素が検出限界以下となっています。しかし、活性のある微生物の鉛直分布を考慮すると、海底下6 cmまでの層では酸素が検出限界を下回りつつも好気性・嫌気性微生物の共存を可能にするレベルに保たれていると推測できます。

好気性・嫌気性微生物がどちらもメタンを消費していることは、世界の他海域でも示唆されていましたが、それぞれ海底の近傍と深部の堆積物にすみ分けて活動していると考えられてきました。本研究の結果は、海底下で活性のある種を特定することで、好気性微生物と嫌気性微生物が同じ酸化還元境界層で共存してメタンを消費していることを明らかにしました。また、微生物のこのような生理・生態がメタン収支に果たす役割を評価した初めての例となります。

図2

図2 微生物マットおよび参照地点の海底下堆積物中の微生物分布

※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

今後の予定

今回調査した酒田市沖のようなメタン湧水域は、日本近海だけでなく世界各地のメタンハイドレート分布域に見られます。好気性微生物と嫌気性微生物の共存領域も、他地域の海底下に存在している可能性があります。他の海域についても、微生物のメタン消費速度を見積もることで、海底におけるメタン収支をより詳細に理解できると考えられます。

海洋表層の光合成で生産された有機物は、マリンスノーなどとして沈降する間に分解され、深海底には数パーセントしか到達しません。そのような栄養の乏しい環境にもかかわらず、酒田市沖や上越市沖で発見された微生物マットの海底周辺には、カニや貝類などの大型生物が密集することがしばしば観察されています。この要因はまだ明らかではありませんが、メタンや硫化水素を出発点とする微生物の化学合成によって成り立つ食物網が、深海底の生態系を支えている可能性が指摘されています。

微生物マットにおける詳細な微生物・化学反応プロセスを定量的に評価することで、表層型メタンハイドレート分布海域における生態系の構造や開発に伴う深海生態系への環境影響評価に対して、本研究の知見を活用できると期待されます。

論文情報

掲載誌:Environmental Science & Technology

論文タイトル:Impact of concurrent aerobic–anaerobic methanotrophy on methane emission from marine sediments in gas hydrate area

著者:Yusuke Miyajima, Tomo Aoyagi(共同筆頭), Hideyoshi Yoshioka(責任著者), Tomoyuki Hori(責任著者), Hiroshi A. Takahashi, Minako Tanaka, Ayumi Tsukasaki, Shusaku Goto, Masahiro Suzumura

DOI:https://doi.org/10.1021/acs.est.3c09484

用語解説
メタンハイドレート
「燃える氷」とも呼ばれる、かご状の水分子の中にメタン(CH4)が閉じ込められた白い氷状の物質。低温高圧の条件でのみ安定で、自然界では大陸縁辺の海底下や陸上の永久凍土地帯に分布しています。日本近海では、砂粒子の隙間を埋めるように発達した「砂層型」と、海底下の浅い泥層の中に塊状に発達した「表層型」が、それぞれ太平洋側、日本海側に多く分布していることが知られています。
安定同位体トレーサー
同位体とは、原子番号は同じでも質量数(原子量)の異なる元素で、放射能を持たず安定に存在しているものを安定同位体といいます。例えば、有機物を構成する炭素(原子番号6、元素記号C)には、炭素12(12C)と炭素13(13C)の二つの安定同位体があります。後者は自然界にわずか1%しか存在しません。炭素13のようなごく微量の安定同位体を人工的に濃縮し、それを含む化合物をトレーサーとして利用することで、化学反応や物質移動を高感度に追跡できます。今回は炭素13を99%に濃縮したメタンを用いて実験を行いました。
脂質
生物組織から抽出される成分のうち、水に溶けずヘキサンなどの有機溶媒に溶ける物質。炭素と水素を主成分とする炭化水素の骨格を持ち、細胞膜を構成する脂肪酸やコレステロールなどを含みます。炭化水素の骨格は分解されにくいため、堆積物中のバクテリア・アーキアの検出やバイオマス(生物量)の推定に用いられます。
好気性メタン酸化バクテリア
バクテリア(細菌)のうち、下記の反応により酸素を利用してメタンを消費できる微生物の総称。

CH4 + 2O2 → HCO3 + H2O + H+

嫌気性メタン酸化アーキア
アーキア(古細菌)のうち、酸素に依存せずメタンを消費できる微生物の総称。代表的なものは硫酸還元バクテリアと共同し、海水に含まれる硫酸を利用して下記の反応を起こします。ほかにも、硝酸や鉄、マンガンを利用した反応が知られています。

CH4 + SO42− → HCO3 + HS + H2O

16S rRNA
バクテリアやアーキアを含む原核生物の細胞内に存在し、生体タンパク質合成を行うリボソームの構成要素。RNA分子である16S rRNAは、それをコードするDNA分子の16S rRNA遺伝子と比べ、合成や分解がされやすいという特徴を持ちます。16S rRNAを環境から細心の注意を払って抽出することで、代謝活性のある(活動的な)微生物を直接的に検出することができます。16S rRNAの配列情報は微生物種の分類に用いられます。
安定同位体プローブ法
環境試料に炭素13(13C)を濃縮した化合物を加えて微生物を一定期間培養した後、13C濃縮化合物を分解して取り込み、取り込まなかった微生物RNAよりも重くなった微生物RNA分子を超遠心で分離して、次世代シーケンサーで一度に大量の塩基配列を決定し、13Cを取り込んだ微生物種を高感度に同定する方法です。高感度Stable Isotope Probing(SIP)法とも呼ばれます。
化学合成
光合成に対し、光のエネルギーに依存せずメタンや硫化水素など無機物の化学反応エネルギーを利用して有機物を合成すること。深海の熱水噴出孔やメタン湧水域には、微生物の化学合成を基盤とする化学合成生態系が存在します。
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