JICE REPORT 第38号 国土技術研究センター
2021-01
技術・調達政策グループ副総括(首席研究員)川崎 浩之
技術・調達政策グループ上席主任研究員 福田 健
技術・調達政策グループ主任研究員 鈴木 圭一
1 はじめに
公共工事における目的物の出来形・品質管理を適切に確保し生産性向上を図るため、様々な取組みがなされており、監督検査を効率化する工事書類の簡素化や遠隔臨場の試行もその一つである。
工事書類は、工事目的物が所定の出来形・品質が確保されているか発注者自らが確認する上で重要な書類である。しかし、受注者にとって、工事書類の作成は必要不可欠であるが、過剰な工事書類の作成は長時間労働の要因の一つとなっており、建設業界から工事書類の簡素化を求める声が挙がっている。このため、目的物の施工状況及び出来形・品質管理を適切に確認でき、かつ必要最低限の効率的な工事書類とする必要がある。
本稿では、品質を確保した上で進められている工事書類の簡素化や遠隔臨場の取組みについて述べるとともに、さらなる監督・検査の効率化に向け、設計変更に伴う工事書類作成等における負担軽減の必要性について述べる。
2 建設業における長時間労働の現状
建設業における労働の現状について、他産業との比較を見ると、建設業は調査産業計(全産業)と比べ年間で 300 時間以上(約 2 割)長く、10 年程前と比べ全産業では約 110時間減少しているものの、建設業はほぼ横ばい(約 29 時間減少)であり、大幅な改善は見られない1)(図1参照)。
今後、生産年齢人口の減少、高齢化、深刻化する担い手不足など、わが国を取り巻く社会状況において、より一層厳しさが増す中、公共工事の品質を確保する一方で効率的な取組みを行い、労働生産性を高めることが必須となっている。国土交通省では、深刻化する人手不足に対応するため、i-Construction により、建設現場の生産性を 2025 年までに 2 割向上させる方向を示している。
図 1 年間実労働時間の推移 1)
3 工事書類の作成や臨場確認に係わる課題
発注者(監督職員)が行う業務は、①指定材料の確認、②設計図書の指定による工事施工の立会、③施工状況の確認(段階確認)、④施工体制の把握、⑤現場条件の変更に伴う調査の実施、⑥地元対応、関係機関協議など、多様であり、発注者の業務が高度化かつ多様化している。一方、職員削減により、監督職員の負担が増加し、現場での臨場回数が十分に確保できない状況にある。
公共工事において、「働き方改革」を推進するにあたり長時間労働の主な要因の 1 つとなっている必要以上の工事書類作成や監督・検査における臨場確認等の課題を解決していく必要がある。以下に、主な課題を示す。
3.1 工事書類の作成に係わる課題
工事書類は目的物が所定の出来形・品質が確保されていることを確認する上で重要な書類であるが、必要以上の書類作成は受注者の多大な負担となっている。
受注者が負担に感じる工事書類は、①工事打合せ簿(協議、提出、承諾)の作成、②工事写真の整理、③出来形数量計算書の作成などがあり 2)、以下の課題がある。
・提出する工事書類が多く、発注者側の担当者によって、受注者で作成すべき書類にばらつきがある。
・電子納品化する工事書類が工事毎に統一化されておらず(工事毎に事前協議で決定)、紙と電子の二重納品が発生している。
・受注者が契約変更のために作成している資料の 24%(N=398)は、発注者が本来作成すべき書類である 2)。
・設計変更ガイドラインがあるものの、設計変更協議を行うための書類が明確でない。
3.2 臨場確認に係わる課題
品質確保のため段階確認や材料確認において、原則として監督職員が臨場で確認する必要がある。しかし、監督業務の多様化や職員削減によって臨場での確認の機会が減っており、また、以下の課題も見られる。
・臨場確認の日程調整のため施工の中断が生じている。
・臨場確認について映像記録を活用する試みもなされているが、全ての工種で実施することは難しい。
・段階確認や検査での映像記録の活用は、オンラインで行う必要がある。
4 工事書類作成に係わる取組みとその効果
4.1 工事書類の効率化に向けた取組み
工事書類は発注者にとって目的物が適切に施工され、契約図書どおりの出来形・品質が確保されていることを確認し、その対価を支払う根拠となる重要書類であり、受注者にとっても適切な施工方法で施工し、所定の出来形・品質を確保している証拠となる重要書類である。
現在、工事書類については出来形・品質を確保した上で簡素化や標準化の取組みを進められており、昨今では検査書類限定型モデル工事が試行検査される等、建設現場の生産性向上に寄与している。
(1) 工事書類の簡素化の取組み
国土交通省では品質確保に配慮しながら、2008 年から次のような工事書類の簡素化に取組んでいる。
①提出に必要な工事書類の明確化、提出書類の簡素化
・提出に必要な工事関係書類一覧表の整備や地方整備局毎に土木工事書類マニュアルを作成。
・提出書類の根拠の1つである共通仕様書の改定。
②情報共有システム(ASP)の活用による工事書類の電子処理化
・工事書類の処理(提出、 発議、 決裁)をインターネット経由で実施、情報を共有することで、受注者の単純作業の負担を軽減。
・電子検査による業務の効率化を実施。特に工事書類の提出・提示を明示している工事関係書類一覧表については、出来形管理図表や品質管理図表など「施工中」及び「工事完成時」の両方に明示されていたものを、「工事完成時」へ統合することで、品質確認項目を削減することなく、2018 年度の改定で 11 種類の工事書類を削減している(図 2 参照)。
しかし、依然として建設業界等から工事書類の簡素化を求める声が多いことから、引き続き、受発注者に対し、工事書類簡素化の周知徹底と共に建設業界等への取組みの普及・啓発を行っていく必要がある。
図 2 工事関係書類一覧表による工事書類の削減状況及び削減した工事書類
(2) 工事書類の標準化の取組み
公共工事という性格上、工事書類の必要事項やその種類についてはほぼ確立しているが、発注機関毎に作成する工事書類の様式は必ずしも同じではなく、受注者は発注機関毎に書類様式を確認した上で、作成・提出している状況にある。このようなことから、建設業界からは書類様式の標準化の要望が挙がっていた。
これに鑑み、国土交通省では 2015 年度から標準化が可能な工事書類を標準化する取組みを進めており、地方整備局毎に管内の都道府県や政令市で統一可能な様式を検討し、2019 年 4 月 1 日以降、国交省標準様式(2018( 平成 30)年 10 月 31 日付け、国技建管第号 12 号)を併用するなど都道府県毎に標準化が可能な工事書類について、調整を進めている。
2019 年 10 月時点で、調整が完了した自治体は約 3 割(図3 参照)であり、段階確認書、出来形管理図等の出来形や品質管理の工事書類で調整が進んでいる。引き続き調整を進めることで受注者の書類作成の効率化が進むと考える。なお、標準化が困難な様式は、請求書などの支払いに関わる書類が多い傾向にある。
注)調整完とは、標準化が可能な工事書類について、国と地方自治体で調整が完了したことを指す。
図 3 書類標準化に向けた調整の進捗状況 3)
しかしながら、依然として 3 割に留まっていることから、進捗しない要因を詳細に把握し、標準化の目的及びメリットを理解して貰った上で、各都道府県等と継続的な協議を行っていく必要がある。
(3) 工事検査書類限定型モデル工事の取組み
公共工事の検査は契約図書に基づき、工事の実施状況、出来形、品質について、適否の判断を行うものである。
検査では、出来形・品質だけでなく、施工状況を確認するための書類も検査対象のため、技術検査官は全ての関係書類について検査を行うことになる。
一方、監督職員は施工状況、工程、材料・品質等の確認を実施しており、施工プロセスなどの施工中の状況については主任監督員の成績評定項目となっている。
このため、検査における書類検査項目を明確にし、検査に必要な書類を限定することで、受検者である受注者の検査時の負担を軽減し、効率化を図る、工事検査書類限定型モデル工事の取組みを進めている。
具体的には、技術検査時(中間・完了)を対象に、通常検査で確認する検査書類 44 項目のうち、検査に最低限必要な書類 10 項目に限定し、監督職員と技術検査官の重複確認廃止の徹底と、受注者の説明用資料等の書類を削減し負担軽減を図るものである(図 4 参照)。
図 4 工事検査書類限定型モデル工事のイメージ 4)
この取組みは 2015 年度より北陸地方整備局で試行的に始められ、2018 年度からは全国で試行工事が展開されている。
アンケートの結果、本試行による書面検査時間は、従来の検査方法で検査に 2 時間を要していない場合、発注者では30 分程度、受注者では 50 分程度の時間短縮を実感し、また、2 時間超の場合、発注者からは 35 分程度、受注者からは 85 分程度の時間短縮の回答を得た。
検査時間以外にも、「書面検査に向けた資料準備等の作業軽減」の効果があるとの回答も多い結果であった(図 5, 図6 参照)。
図 5 工事検査書類限定型モデル工事による効果 5)
図 6 工事検査書類限定型モデル工事による書類検査の時間短縮(受発注者の実感による)5)
図 7 工事検査書類限定型モデル工事継続の意向 5)
本試行の継続の有無については受発注者双方において、本試行に対する継続の意向が多いことから、高い評価が得られる取組みであると言える(図 7 参照)。
他方、依然として限定書類以外の書類を持ち込んでいる状況が見られることから、本格運用に向け、検査書類限定の徹底と試行工事でのアンケートやヒアリングを通じて改善策を検討していく必要がある。
5 監督・検査の効率化の取組みとその効果
段階確認や材料確認などの臨場確認は職員削減により臨場回数が減っているとともに現場が山間地の場合、現場と事務所を行き来するだけでも負担は大きい。
一方、昨今の通信インフラ整備の進展により、データ通信の大容量化・高速化を最大限活用することで、これまでの臨場確認に変化が生じている。
(1) 遠隔臨場確認の試行
従来、実施している段階確認、材料確認における現地での臨場立会を高速・大容量のデータ通信を活用したウェアラブルカメラ等による映像と音声の双方向通信で行う遠隔臨場の試行が 2020 年から行われている。
本試行では、遠隔臨場により監督職員が十分な情報を得ることができた場合に限り、段階確認及び材料確認において、施工管理記録、写真等の資料及び現物による確認を遠隔臨場にて行うことができ、工事を中断することなく、効率的に施工を進めることができる。
2020 年 3 月に「建設現場の遠隔臨場に関する試行要領(案)」が策定され、普及・促進が図られている。
今後の取組みを進める上では、遠隔臨場により現場での臨場機会が減少するため、発注者(監督職員)と受注者(施工者)の意思の疎通を損なわないよう、遠隔臨場だけに頼らない臨場の工夫が必要である。
(2) 工事記録映像の活用
近年の撮影・保存機材は小型・軽量化し機能も向上しており、これらを活用することで、品質の証明や発注者側においては移動時間の大幅削減、受注者側においては確認・立会の計画的な実施に寄与する。
また、受発注者間のコミュニケーションの円滑化や業務の効率化につながり、さらに、安全教育現場での活用、熟練技術者の技術を若手技術者に伝承する有効なツールとしても活用されることが期待される。
なお、2016 年に JICE 内に設置された「工事記録映像活用研究会」(委員長:建山和由立命館大学教授)での検討結果を受け、2019 年 3 月に写真に代え映像記録を可能とする「写真管理基準(案)」の改定が行われた。
6 さらなる監督・検査の効率化に向けて
工事書類及び臨場確認においては効率化がなされてきているものの、さらなる監督・検査の効率化に向け、設計変更に伴う工事書類作成等における負担軽減の必要性について、以下に述べる。
公共工事は発注当初では予見出来なかった様々な条件の変更に伴い、施工方法の変更や工種の追加などの設計変更が生じる場合が多い。
しかし、設計変更ガイドラインが示されているものの適正な設計変更がなされていないとの意見や設計変更に伴う書類等が多く、そのための業務に多大な労力を費やしているとの意見も多いことから、設計変更及び設計変更に伴う協議書類等を極力削減する必要がある。
【設計変更の課題】
概略発注、設計図書と現場の不整合
・概略発注による契約直後の工種や数量の追加指示や調査不足による設計図書と現場の不整合が生じた状況で発注されることで、受注者は施工方法や数量の見直し及び設計変更協議や協議資料作成手間が生じ、費用負担や協議資料(図面等)の負担が増加。
・設計変更協議に伴う資料の種類や数量、様式が発注者により様々であり、必要以上に書類を作成しているなど受注者の負担が増加。
【設計変更に伴う工事書類作成等での課題解決策】
不要な設計変更を行わないためにも設計者に対しては詳細な現地調査を義務づけ、発注者自ら設計と現場で不整合が無いかの確認を必須とすることを提案する。
また、極力概略発注を避け、概略発注せざるを得ない場合は、概略発注であることと設計の引渡時期等の条件明示を徹底させることが重要である。
さらに、設計変更協議での必要項目を簡素化した上で設計変更ガイドラインに明記し、設計変更で必要以上の書類を作成させないことを徹底することが重要である。
7 終わりに
工事書類の簡素化は進んできており、品質に関する書類に関しては必要最小限に近いと考えられるが、今後も品質を確保した上で公共工事の効率化に向けた取組みを継続的に推進し、生産性の向上を図る必要がある。
また、監督・検査のさらなる効率化に向けた方策等を効果的に進めて行くためにも、受発注者が一体となって取組んでいくことが重要である。
JICE でも引き続き改善の検討を進め、さらなる監督・検査の効率化に向け提案して参りたいと考えている。
参考文献
1) 2020 年度 国土交通省土地・建設産業局関係 予算概要 ,2020.1(※厚生労働省「毎月勤労統計調査」年度報より国土
交通省作成)2) 2019 年度 公共工事の諸課題に関する意見交換会 意見を交換するテーマ 参考資料 ,(2019.5 日建連)
3) 国土交通省「秋季地方ブロック土木部長会議資料」,2019.11 を基に JICE で作成
4) 検査書類限定型モデル工事 実施要領 , 国土交通省 ,2020.5.7, 及び 2020 年度 工事の生産性向上等説明会(前期)資料 , 北陸地方整備局を基に JICE で作成
5) 国土交通省資料を基に JICE で作成