2021-12-01 理化学研究所,JFEエンジニアリング株式会社
理化学研究所(理研)光量子工学研究センター中性子ビーム技術開発チームの藤田訓裕研究員、大竹淑恵チームリーダー、JFEエンジニアリング株式会社技術本部総合研究所の野田秀作主任研究員らの共同研究チームは、アスファルト舗装の下にある鉄筋コンクリート床版[1]の劣化を非破壊でイメージングし、かつ定量評価を行うシステムを開発しました。
本研究成果は、橋(橋梁)やトンネルなどのコンクリート構造物に対して、外側からでは分からない内部の劣化を非破壊で診断可能とすることで、老朽化が懸念される橋梁・トンネルなどの、早期発見・早期修復による長寿命化、さらには重大な事故の防止に貢献すると期待できます。
今回、共同研究チームは開発した中性子イメージング装置と「理研小型中性子源システムRANS-II[2]」を用いて、内部に模擬的な劣化を施したコンクリート床版を非破壊計測しました。その結果、土砂化(水分・空隙)の可視化および劣化部分の大きさの定量評価、さらには水分と空隙の両方が含まれている劣化の分離識別に成功しました。
本研究は、日本材料学会の『コンクリート構造物の補修,補強,アップグレード論文報告集』(10月14日)に掲載されると同時に、『第21回コンクリート構造物の補修,補強,アップグレードシンポジウム』(10月15日)にて発表されました。
背景
道路橋の床版は車や人の荷重を直接支える重要な部材で、経年劣化や初期施工不良などから発生する損傷は、重大な被害を及ぼす恐れがあります。事故につながる重大な損傷を阻止するためには、定期的に点検することが重要ですが、従来の目視法での点検ではその都度アスファルトを剥がさなければならず、金銭的なコストや時間がかかるほか、通行止めなどの利用制限が必要となることから、事実上ほとんど行われていません。そのため、人的・金銭的コストのかからない「非破壊検査」によって定期点検を可能にすることが注目されています。
また、近年の研究から、アスファルト舗装やコンクリート舗装の下で起こるコンクリートの劣化は、床版内部への水の浸入により促進されることが明らかになっています。小さなひび割れなどからさらに水が侵入すると、「土砂化[3]」や層状のひび割れが引き起こされ、ついにはコンクリート塊が抜け落ちるという大きな破壊へとつながります。これらを防ぐには、アスファルト層を剥がすことなく、床版内部の水分や空隙を検査できる計測システムが必要です。
橋(橋梁)に使われている床版のような、巨大な質量を持つ物体の内部情報を外側から非破壊で観測するには、物質に対して透過力の高いプローブが必要です。放射線の一つである高速中性子[4]は透過力が高いだけでなく、特定の元素、特に水素に対して高い感度を持つため、有力な候補であるといえます。
しかし、これまでに実用化されている高速中性子を用いた計測システムは、カリフォルニウム線源を用いた水分計に限られ、しかも少量の水分や空隙を定量評価するのは難しいとされてきました。また、以前理研中性子ビーム技術開発チームが開発した後方散乱技術注1)では、300cm3程度の水分や空隙のイメージングは可能ですが、それよりも小さな欠陥に対してはイメージングや定量評価ができませんでした。
そこで、共同研究チームは中性子の散乱を利用した「水分・空隙検出システム」を開発しました(図1)。加速された陽子ビームから高速中性子ビームを作り、床版に照射することで、中性子が対象物内部を伝搬し、一部の中性子が後方散乱によって対象物表面に戻ってきます。表面に戻ってきた中性子の2次元分布や伝搬時間を計測することで、内部情報が得られます。この手法では、計測に必要な全ての装置が路面側にあるため、橋梁やトンネルの裏側に検出器を設置する必要がありません。そのため、従来の非破壊検査に比べて、金銭コストを下げられ、所要時間も短縮できるという利点があります。
今回、「理研小型中性子源システムRANS-II」実験施設において、この開発した水分・空隙検出システムを用いて、土砂化(水分・空隙)のイメージング、劣化の度合いの定量評価、さらには水分と空隙の分離識別を確認する実験を行いました。
図1 水分・空隙検出システムの全体図
加速された陽子ビームから高速中性子ビームを作り、床版に照射することで、中性子が対象物内部を伝搬し、一部の中性子が後方散乱によって対象物表面に戻ってくる。この表面に戻ってきた中性子の2次元分布や伝搬時間を計測し、内部情報を得る。
注1)池田義雅,大竹淑恵,水田真紀:後方散乱中性子を利用した道路橋床版内の損傷可視化技術,コンクリート構造物の補修,補強,アップグレード論文報告集,Vol.17 (2017) pp.285-290
研究手法と成果
開発した水分・空隙検出システムは、中性子の発生装置と検出装置で構成されています。中性子の発生装置は理研で開発されたRANS-IIです。RANS-IIでは、水分計などで使用されるカリフォルニウム線源に比べて、中性子強度が1000倍以上高く、微小な欠陥を検出できるという利点があります。また、計測に不可欠なパルスビームを容易に発生させることができます。検出装置は、2次元イメージングが可能な中性子の「ヘリウム3比例計数管」です。高い検出効率により、大面積の2次元位置と時間情報を計測できます。
今回、コンクリートが健全な状態と欠陥のある状態それぞれで中性子収量分布を測定して、その比を取ることで欠陥の種類と体積について定量評価を行いました。現場ごとの健全なコンクリートで中性子収量の基準値を求めて、それからの比だけで欠陥の評価を行うため、コンクリートの元素組成や密度、含水率などの違いによる影響を受けないという利点があります。
また、欠陥が水分なのか空隙なのか、もしくはその両方が含まれているのかを判別するためには、中性子がコンクリート内部を伝搬する時間の差を用いることが有効であることに着目して、中性子の発生から検出までの時間情報を用いたデータ解析の手法を確立させました。これまでのシミュレーション開発注2)で得られた知見から、コンクリート内部の伝搬時間(数百マイクロ秒)で最適化されたイベント選別手法を構築しました。
RANS-II加速器によって発生させた陽子ビームはリチウム標的に導かれ、ここで原子核反応(p+7Li→n+7B)により中性子ビームが生成されます。それによって、床版には強度が104個/cm2/sec程度、小口径(直径40mm)で直進性が良い高速中性子ビームが照射されます。この高速中性子ビームを、一つのサンプル設定につき5分間照射しました。検出器の位置感応型ヘリウム3比例計数管は、64本の円筒を垂直方向に積み上げた構造をしており、有感領域は600x600mm2、5~10mm程度の空間分解能を持っています。
床版サンプルは、アスファルト層、欠陥挿入穴付き鉄筋コンクリート(RC)床版層、コンクリート床版層、RC床版層の4層で構成されています(図2左)。2層目のRC床版中心には100x100x70mm3の穴が開けられており、ここに欠陥と健全なコンクリートを挿入することができます。この穴に挿入するための土砂化を模擬した欠陥ブロックを製作しました。中性子に感度が高いのは主に水素であるため、水素を含む有機物の量を変化させて、本システムの評価を行えるようにしました。
コンクリートが水分で侵食されると、セメント成分が流され、粗骨材(石)と細骨材(砂利)だけが残る土砂化の状態になります。土砂化した床版では上(路面)側は乾燥した骨材で、下側は湿った砂利が堆積していると考えられています。この状態を模擬するために3種類の欠陥ブロックを用意しました。一つ目は、砂利と石を接着剤で封入した「接着剤型」のブロックで、接着剤の中には多くの水素が含まれているため、土砂化が起こった後に雨などで水浸しとなった状態と見なすことができます(図2中央)。二つ目は、骨材の石をテフロン製の袋に詰めて固定した「袋詰め型」のブロックで、健全なコンクリートより空隙が多い自然乾燥した状態の土砂化と見なすことができます(図2右)。三つ目は、二つ目の袋詰型とポリエチレン板を組み合わせた「滞水土砂化型」のブロックで、現場で起きている滞水した土砂化(上側が空隙、下側が水分)により近い状態と考えられます。
図2 RANS-II実験におけるセットアップと用いた模擬欠陥
左は、検出器と鉄筋コンクリート(RC)床版。中央と右は、用いた模擬欠陥とCT断層画像。中央が接着剤型(水分)、右図が袋詰型(空隙)。
イメージングの結果
欠陥ブロックを挿入した状態で中性子ビームを照射して、得られた2次元イメージングの結果を図3に示しています。左図が40mm厚の接着剤型土砂化ブロックで、右図が30mm厚の袋詰め型土砂化ブロックの結果です。縦軸、横軸は床版の正面から見て縦、横方向を表しており、色はコンクリートが健全な状態と比べて比の値を反映しており、中性子収量が増えると暖色(黄色~赤色)、減少すると寒色(水色~青色)を示します。
接着剤型の結果では、欠陥位置を中心として10%以上の中性子収量の増大(緑、黄色の領域)が確認できることから、水素との散乱で熱中性子が多く生成された効果が観測できていると考えられます。袋詰め型の結果では、中心部分で5%程度中性子収量比が減少(青色の領域)しています。これは、空隙の存在による熱中性子の減少が観測できていることを意味しています。以上の結果から、本手法で水分と空隙の2次元イメージングが行えることが示されました。
図3 2次元イメージング図
左図が接着剤型(水分)、右図が袋詰型(空隙)の結果。黒破線で囲われた部分が、欠陥ブロックを挿入した場所。
定量評価の結果
欠陥の有無を定量的に評価するために、図3で示した2次元図を数値化しました。床版の縦(y)方向に中性子数の比を足し合わせた1次元のプロットを作成した結果を、図4に示しています。横軸は垂直方向の検出位置で、縦軸は中性子収量の比を表しています。赤線、青線がそれぞれ接着剤型、袋詰め型の結果を示しています。水分が含まれている接着剤型はy=0mmを中心に1以上の正のピークを示し、空隙のある袋詰め型は1以下の負のピークを示しています。
図4 図3を1次元分布に射影した図
水分と空隙それぞれで、正と負のピークが作られることが確認できた。
このピークを使って欠陥の体積を定量評価できているかを確認するために、これらのピークの積分値を求めた結果が図5です。このグラフでは、欠陥の厚さを横軸に、積分値を縦軸に表示しており、水分(水素)を含んだサンプルは傾きが正の比例、空隙サンプルは傾きが負の比例関係を持っていることが示されました。すなわち、欠陥の体積を定量評価できているということです。また、この測定手法では少なくとも湿った土砂10mm、乾いた土砂30mm厚(空隙99cm3相当)の欠陥が検知可能であるということも確認されました。
図5 欠陥の厚さとピーク積分値の関係
水分・空隙共に厚さ(=体積)に比例していることが分かる。耐水土砂化型は伝搬時間の差で正負が入れ替わるのが見て取れる。
水分・空隙の分離識別の結果
欠陥が水分もしくは空隙だけである場合には、中性子収量比の積分値の正負から判別できることが示されましたが、両方が含まれる滞水土砂化型の場合を、水分もしくは空隙だけの場合と区別して識別をするために、時間情報を用いたイベント選別条件を探索しました。コンクリート中の伝搬時間が短い成分(検出タイミングが早い)と長い成分(検出タイミングが遅い)それぞれでイベント選別を行い、中性子収量比の位置分布を求めました。その結果を図6に示しています。
検出タイミングが遅い成分は水分を含む接着剤型と同じ正のピークを示す一方、早い成分は空隙だけである袋詰め型と同じ負のピークを示していることが分かりました。また、このピーク積分値を図5の緑点のバツ(早い成分)と三角(遅い成分)で示しています。グラフから、時間のタイミングで正負が入れ替わることが確認できます。つまり、適切な時間でイベント選択をすることで水分と空隙、両方の存在を分別して検知することが可能であることが示されました。
図6 伝搬時間の違いによる中性子収量の変化
同じデータで選別条件を変えるだけで水分と空隙に対する感度が変わる。
以上のことから、本技術と開発中の可搬型加速器RANS-III[2]を用いることで、屋外現場で全システムをトラックに搭載し、アスファルト舗装下の床版の土砂化検知が可能であることが示されました。
注2)藤田訓裕,岩本ちひろ,高梨宇宙,大竹淑恵,野田秀作,井田博之:散乱中性子を用いた床版内部欠陥の非破壊検査システム,第11回道路橋床版シンポジウム論文報告集,pp.47-52, 2020.
今後の期待
今回開発した技術は鉄筋コンクリートだけでなく、コンクリート系床版(RC床版、PC床版、鋼コンクリート合成床版)全般に適用可能です。さらに、コンテナトラックに搭載した小型中性子源RANS-IIIと組み合わせることで、実際に橋梁での非破壊劣化診断が可能になると期待できます。
計測システム全てがトラックに搭載可能となることでインフラ構造物の定期診断が容易になり、コンクリート劣化の初期段階で補修ができれば、インフラ維持の低コスト化や長寿命化に寄与できると期待できます。
補足説明
1.床版
橋(橋梁)の構成物の一つで、舗装の下にある車や人の荷重を直接支える部材。強度を高めるためにさまざまな製法が用いられているが、鉄筋コンクリートで作られる場合が多い(RC床版と呼ばれる)。他にもPC床版や鋼コンクリート合成床版などがある。降雨などで水が侵入することによって、セメントが流れてしまう「土砂化」と呼ばれる劣化が問題となっている。
2.理研小型中性子源システムRANS-II、RANS-III
理研が開発した陽子加速器を用いた小型の中性子発生装置。RANS-IIは2019年に利用を開始した。RANS-IIIは屋外現場で利用できる可搬型中性子源として現在開発中。RANS-IIIとRANS-IIから発生する中性子ビームは同じ性能のため、RANS-IIで確立された計測手法はRANS-IIIでも同様に使用できる。
3.土砂化
セメントと骨材(砂利や石)で構成されているコンクリートが、水で浸食されることでセメントが流され、骨材だけが残ってしまうこと。土砂化が発生すると、上の路面側には空洞ができ、下側には湿った砂利や石が滞積した状態となり、床版の強度が弱くなるため危険な状態である。
4.中性子
自然界に存在する物質は全て原子から構成されているが、原子は中心の原子核とその周囲を回る電子で構成されている。原子核は陽子、および中性子と呼ばれる微粒子から構成されている。中性子は電荷を持たない中性な粒子であり、インフラ構造物などの巨大な質量を持つ物体を透視することに適している。
共同研究チーム
理化学研究所研究所 光量子工学研究センター 中性子ビーム技術開発チーム
研究員 藤田 訓裕(ふじた くにひろ)
チームリーダー 大竹 淑恵(おおたけ よしえ)
研究員 岩本 ちひろ(いわもと ちひろ)
研究員 高梨 宇宙(たかなし たかおき)
JFEエンジニアリング株式会社 技術本部総合研究所
主任研究員 野田 秀作(のだ しゅうさく)
研究支援
本研究の一部は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(C)「反射中性子によるコンクリート内欠陥の3次元計測(研究代表者:藤田訓裕)」の助成を受けて行われました。
原論文情報
藤田訓裕、岩本ちひろ、高梨宇宙、大竹淑恵、野田秀作, “散乱中性子イメージング法を用いた道路橋床版の滞水・土砂化検知システム”, コンクリート構造物の補修、補強、アップグレード論文報告集 第21巻 pp.484-489
発表者
理化学研究所
光量子工学研究センター 中性子ビーム技術開発チーム
研究員 藤田 訓裕(ふじた くにひろ)
チームリーダー 大竹 淑恵(おおたけ よしえ)
JFEエンジニアリング株式会社 技術本部総合研究所
主任研究員 野田 秀作(のだ しゅうさく)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当