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南海トラフ地震や気候変動を踏まえた 津波・高潮の防災・減災対策の取組に関する一考

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JICE REPORT 第38号 国土技術研究センター

2021-01 河川政策グループ 副総括 ( 研究主幹 )  岡安 徹也

1 津波・高潮災害と想定最大外力の想定

1.1 我が国における主な津波・高潮災害の概要

我が国は、四方を海で囲まれ、沿岸部には人口や資産、経済活動が集積している一方で、古来より幾度も津波や台風の襲来に伴う高潮・高波による激甚な浸水被害を経験してきている。
近年では、1993 年北海道南西沖地震による津波災害、2011 年東北地方太平洋地震(東日本大震災)による津波災害、1999 年台風第 18 号による八代海での高潮災害、2004 年台風第 23 号による室戸市菜なばえ生の高潮災害、第2室戸台風の観測記録を超える最高潮位を記録した 2018 年台風第 21 号による大阪湾の高潮災害など、各地に甚大な人的物的被害をもたらした。看過できない重要な知見や教訓を与えてくれている。

1.2 津波における想定最大外力の設定の考え方

津波の外力設定は、東日本大震災の津波によって沿岸地域が激甚な被害を受けた経験を踏まえて、L2津波及びL1津波の2つのレベルの津波外力を想定し 1)、それぞれに対応した必要な対策を取ることを基本としている。
L2津波に対しては、なんとしても人命を守るという考え方に基づき、ハード対策とソフト対策を組み合わせた多重防御により被害を最小化させるため、津波防災地域づくりに関する様々な取組が進められている。
L1津波に対しては、人命、資産等を守る観点から、海岸堤防の整備等のハード対策を基本として被害の防止に取り組むこととしており、海岸法に基づく海岸保全基本方針(H27.2.2 農林水産省 国土交通省 告示第1号)においても、「過去に発生した浸水の記録等に基づいて、数十年から百数十年に一度程度発生する比較的頻度の高い津波に対して防護することを目標」としている。
また、海岸堤防は、海岸保全施設の技術上の基準・同解説(2018 年 8 月)において、「設計津波(原則として、数十年から百数十年に一度程度発生する比較的頻度の高い津波を定める)の作用に対して、津波による海水の侵入を防止する機能を有するもの」とされている。
海岸堤防がL1津波の高さ未満である場合、L1津波に対して津波防災地域の安全度を確保するための措置を講じることが、海岸管理者等に求められることとなる 2)。
海岸堤防の高さは、津波の履歴や経済評価のみから決めるべきものではなく、海岸管理者が地域の状況や意向を十分に踏まえて総合的に決定すべきものであり、その他の避難施設や津波防護施設等の整備も含む総合的な津波対策の一つとして定められることにも留意する必要がある 3)。


図 1 津波に対する海岸堤防の取り得る高さの範囲
(出典:国土交通省 3))

1.3 高潮における想定最大外力の設定の考え方

海岸法第 2 条の規定に基づく海岸保全基本方針(H27.2.2農林水産省 国土交通省 告示第1号)において、高潮の外力設定は、「高潮からの防護を対象とする海岸にあっては、過去の台風等により発生した高潮の記録に基づく既往の最高潮位又は適切に推算した潮位に、適切に推算した波浪の影響を加え、これらに対して防護することを目標とする。」となっている。
「気候変動に関する政府間パネル」による第5次評価報告書(2013 年)4)では、気候システムの温暖化には疑う余地がなく、大気と海洋は温暖化し、雪氷の量は減少し、海面水位は上昇していること、更に、21 世紀の間、世界全体で大気・海洋は昇温し続け、世界平均海面水位は上昇が続くであろうことなどが報告されている。
今後の気候変動による高潮・高波への影響を考した外力の設定は、海面上昇量は観測結果の傾向の外挿及び予測データを用いて将来予測される平均海面水位の上昇量を考慮することは可能であるが、現時点の潮位偏差や波浪(波高や周期)の予測や定量化は、平均海面水位の上昇量に比べて、不確実性が大きい。


図 2 気候変動による高潮・高波の外力変化イメージ
(出典:国土交通省 3))

2020 年 7 月に公表された「気候変動を踏まえた海岸保全のあり方(提言)」において、気候変動を踏まえた海岸保全の基本的な方針として方向性が示されている。以下に提言を示す 5)。
「高潮の海岸保全の目標は、2℃上昇相当(RCP2.6)を前提としつつ、広域的・総合的な視点からの取組は、平均海面水位が 2100 年に1m 程度上昇する予測(4℃上昇相当(RCP8.5))も考慮し、長期的視点から関連する分野とも連携することが重要である。海岸保全の前提とする平均海面水位の上昇量予測が2100年以降に1m度を超えることとなった場合には、改めて、その時点における社会経済情勢等を考慮し、従来の海岸保全の考え方による対応の限界も意識し、多様な選択肢を含めて長期的視点から適応策を検討することが考えられる。」

2海岸におけるハード・ソフトが  一体となった防災・減災の取組事例

2.1 津波におけるハード・ソフトが一体となった防災・減災の取組

津波防災地域づくりに関する法律第 3 条の規定に基づき策定された津波防災地域づくりの推進に関する基本的な指針(2011 年 12 月)において、最大クラスの津波が発生した場合でも「なんとしても人命を守る」という考え方で、地域ごとの特性を踏まえ、既存の公共施設や民間施設も活用しながら、ハード・ソフトの施策を柔軟に組み合わせて総動員させる「多重防御」の発想により、国、都道府県及び市町村の連携・協力の下、地域活性化の観点も含めた総合的な地域づくりの中で津波防災を効率的かつ効果的に推進することを基本理念としている。
津波リスクから人命及び資産を守るため、津波防災地域で講じることのできる措置は下図のとおりである。

図 3 津波対策として講じることができる措置イメージ

(1) 静岡県伊豆市における取組事例

2018 年に津波災害特別警戒区域を指定(指定第 1 号)した伊豆市は、地域のくらし観光業をはじめとする産業を維持しながらも、災害リスクからの安全・安心を確保 していくことが重要との共有認識のもと、海岸堤防は現行堤防高とするものの、浸水想定区域全域を津波災害警戒区域として指定し、さらに基準水位 2m 以上の範囲を津波災害特別警戒区域として指定した上で、観光客の避難誘導や地域特性を踏まえた訓練の実施など、観光防災の取組を推進し、「観光、環境、防災のバランスがとれた海と共に生きるまち」の実現を目指している。

(2) 静岡県吉田町における取組事例

吉田町では、「シーガーデンシティ構想(2016 年 3 月)」を発表し、1000 年に一度の大地震による大津波に対する備えとして、町に新たな安全を創出する「津波防災まちづくり」と防災公園(仮称)やシーガーデン(多目的広場・海浜回廊・県営吉田公園など)において「賑わいの創出」を図り、この2 つを有機的に連動させることにより、新たな安全と新たな賑わいの創出を図る。
そのうちの「津波防災まちづくり」において、① 命を守る対策 ( 静岡モデルによる堤防整備)、② 財産、生産活動を守る対策、③ 被災時の生活支援対策、という施策を掲げている。


図 4 「静岡モデル」による沿岸域の安全度の向上イメージ
(出典:静岡県資料『静岡県の津波対策「静岡方式」について』より抜粋)

2.2 東日本大震災後の復興計画の策定

東日本大震災の復興計画策定時の問題として、被災から復興計画策定まで 9 ヶ月、事業計画の策定から事業認可まで2 年以上要している例がある。
平時から災害が発生した際のことを想定し、どのような被害が発生しても対応できるよう、復興に対する対策を事前に準備しておくことが重要である。
復興計画の策定にあたっては、地域との合意形成が必要であり、復興事前準備を検討しておくことで、発災時から復興事業への初動が速やかに行われることが可能となる。その結果として津波に対する地域の防災・減災がさらに進むことも期待される。なお、事前復興計画の検討に際しては、震災による広域地盤沈下を予め考慮しておくことも重要である。事前復興の参考例として、東日本大震災で被災した宮城県での復興事例を紹介する。
土地スケールに応じた措置をとっており、(ここでいう土地スケールとは、汀線から背面の山地までの距離を示す)かつ、堤防嵩上げによる漁港の利便性の低下や景観の阻害を避けた復興事業の事例である。

(1) 汀線から背後の山地が遠く、かつ海岸堤防を嵩上げしない例(宮城県岩沼市)

この例は、汀線から住宅地までの間に、津波避難施設(命山)や道路嵩上げ及び宅地の盛土造成による多重防御で、海岸堤防を越える津波にも対応し、背後地の土地利用をゾーニング(浸水深 2m 以上を災害危険区域に指定)して、海岸堤防を越える津波にも対応した事例である。


図 5 津波防災地域の土地利用と一体的に復旧復興している事例(宮城県岩沼市)

(2) 土地利用に合わせた地盤高により復興復旧を行った事例(宮城県女川町)

この例は、土地利用のゾーニングに応じた地盤高に復旧復興することにより安全性を確保した事例である。背後地を3つにゾーニングし、Aゾーン(居住地)、Bゾーン(市街地)、Cゾーン(公園、漁港施設)としている。


図 6 津波防災地域の土地利用と一体的に復旧復興している事例(宮城県女川町)

3 海岸侵食における順応的管理の取組

気候変動により海面上昇が生じれば、単純な水没に加え、砕波点が陸側に近づき波力が増大するため、砂浜の侵食の進行が加速される可能性がある。
これまでの後追い的な対策では、結果として侵食対策にはコストと時間を要し、対策後も砂浜が回復しない場合があるなどの課題が明らかになってきており、より早期の対策着手が求められる。
また、砂浜の侵食の原因は様々な要因が複雑に絡み合っており、それぞれの海岸で侵食メカニズムも必要な対応も異なる。
このような海岸侵食の現状と課題を踏まえ、津波防災地域づくりと砂浜保全のあり方に関する懇談会は、「砂浜保全に関する中間とりまとめ(案)」を、2019 年 6 月に今後の侵食対策の取組として以下を提言している 7)。
気候変動も考慮した早期の侵食対策着手のためには、モニタリングを行いながら、予測の不確実性を見込みつつ、「予測を重視した順応的砂浜管理」の展開を図る必要がある。
具体的には、防護・環境・利用の観点からそれぞれの砂浜の必要幅を示すとともに、日本のすべての砂浜の状態を定期的に確認する「健診的なモニタリング(砂浜の健康診断)」により、継続的に変化を把握し、必要な砂浜幅の確保ができないおそれが事前に検知された時点で対策に着手すべきである。

4 津波・高潮対策の取組推進に関する一考

津波や高潮・高波による災害を防止又は最小限にするためには、防災施設の整備や災害に強いまちづくり・地域づくりのハード面の整備とともに、警戒・避難等の防災体制のあり方などのソフト面も含めた総合的かつ効果的な防災対策の推進・充実・強化が必要である。
沿岸域では、海岸・河川・港湾・漁港・干拓地・まちづくりといった多分野において、津波対策と高潮・高波対策が個別に実施されてきた。
被災の発生機構は異なるものの、減災という視点からは、津波対策と高潮・高波対策において共通する事項も多く、また、広域的な視点からは、整合の取れた一体的かつ効果的な対策の推進が必要であり、分野・事象の連携による迅速な整備効果の発現、経済的な対策の実施が重要と考える。

4.1 気候変動の影響の不確実性を考慮した順応的な取組の必要性

長期的に、平均海面水位は上昇が予測されることから、今後整備・更新していく海岸保全施設(堤防、護岸、離岸堤等)については、手戻りのないように整備・更新時点における最新の朔望平均満潮位に、施設の耐用年数の間に将来的に予測される平均海面水位の上昇量を加味する必要がある。
今後、研究成果の蓄積を踏まえ、最新の気候変動等の予測結果を活用し、将来的に予測される潮位偏差や波浪を推算し対策を検討すべき必要がある(図 2 参照)。
気候変動による外力変化とその影響の不確実性を踏まえ、将来予測技術の向上や影響の顕在化に合わせて、必要かつ手戻りのない対策を推進していくためには、対策の実現や効果の時空間特性を考慮したハード・ソフト対策が一体となった順応的な取組が必要となる(表 1 参照)。

表 1 ハード・ソフト対策の実施・効果の特性

4.2 住民・企業も巻き込んだ総力戦で挑む防災・減災の順応的な取組に関する一考

ハード・ソフト対策が一体となった順応的な取組の枠組を図 7 に示す。これまでのリスク評価に基づく海岸保全施設の整備計画の検討に加え、気候変動による将来の外力変化も踏まえたリスク評価を行い、リスク変化に応じた施設の段階的整備計画を検討するという枠組のもと、気候変動による外力評価の考え方や手法の立案の検討が国土交通省で進めれている。
また、ハード対策後の残余リスクに対する減災対策としてのソフト対策の検討手法の確立が今後の検討事項として求められている。
浸水(範囲・深さ・継続時間)と災害特性を指標とし、L1堤防高整備期間中のL2外力に対する残余リスクを評価することにより、氾濫浸水域に必要となるハード対策とソフト対策との分担・バランス、対策手法、対策規模を設定し合意形成に導いたのが、2 章にて紹介した先駆的事例である。
これらの先駆的事例を参考に、住民・企業も巻き込んだ総力戦で防災・減災に挑むことが求められている 8)。
このような津波・高潮の知見は、国交省が新規に打ち出した「流域治水プロジェクト」9)における河川の洪水における流域対策の検討・推進にも応用することが可能と考える。


図 7 ハード・ソフトが一体となった順応的な取組の枠組み

参考文献

1) 東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会報告 , 中央防災会議 ,2011 年 9 月 .
2) 海岸保全施設の技術上の基準・同解説 , 一般社団法人海岸協会ほか ,2018 年 8 月 .
3) 津波防災地域づくりに関する中間とりまとめ,津波防災地域づくりと砂浜保全のあり方に関する懇談会 ,2018 年 6 月 .
4) 気象庁 ,「IPCC 第5次評価報告書」,2015.
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/ar5/index.html
5) 気候変動を踏まえた海岸保全のあり方(提言),気候変動を踏まえた海岸保全のあり方検討委員会 ,2020 年 7 月 .
6) 復興計画事前策定の手引き ( 概要 ), 和歌山県 ,2018 年 2 月
7) 砂浜保全に関する中間とりまとめ(案), 津波防災地域づくりと砂浜保全のあり方に関する懇談会 ,2019 年 6 月 .
8) 総力戦で挑む防災・減災プロジェクト ,2020.7
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/sosei_point_tk_000034.html
9) 流域治水プロジェクト ,2020.7
https://www.mlit.go.jp/river/kasen/ryuiki_pro/index.htm

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